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それでも私が産直ECに可能性を感じる理由|「産直ECが小規模農家を疲弊させる3つの理由」を読んで

「産直ECが小規模農家を疲弊させる3つの理由」という徳本修一さんの記事を拝読しました。長年様々な経験を積まれておられる方だからこその真っ当なご意見で共感する部分も多く、とても重要な視点をいただきました。

ただ一方で、産直ECの可能性を信じている私としては、どこか漠然とした違和感を覚えていました。その理由を突き詰めていくと、その違和感の根底にはスタンドポイントの違いがあるということに行き当たりました。

そのため今回は徳本さんと私のスタンドポイントの違いについて、そして私が徳本さんが挙げてくださっていた3つのテーマに対しそれぞれどう考えているのかを自分の意見の整理のためにも書いてみようと思います。

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※今回の内容は筆者の個人的見解であり、決して私の勤務先の会社の見解ではありません。(そもそも2/3社は業務委託契約なので所属していません。)
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スタンドポイントの違い

徳本さんが過去に書かれた記事の中には、下記のような記述がありました。

パワーを持った組織と仕組みの構築が必要
(中略)
もともと小さいマーケットの縮小を抑え、成長させ、その中でいかにプレゼンスを発揮していくか。
生産力と出荷力を高め、全国津々浦々に有機野菜を提供できる仕組み、マーケットに対してのパワー、つまり価格決定権を持つ組織を構築する大胆な改革は、待ったなしです。
パワーを持つには、マーケットが要求する量の野菜を安定的に出荷する、事業としての(当たり前の)成熟性が求められます。

徳本さんのツイートにも「これまで大規模に有機農業を実践してきた当事者としての目線で」とあるように、大規模な有機農業者がマーケットに対してパワーを持つ、プレゼンスを発揮できる世界というのを望んでいらっしゃるように感じられます。

一方で、私が思い描いているのは、規模の大小に関わらずあらゆる一次生産者、流通に関わる者、消費者が、主権を持って行動できる自律分散型のフードシステムです。個人的には環境負荷の小さい生産方法を選ぶ人が増えて欲しい思ってはいるものの、どこかにパワーが集中することが必ずしも良いこととは思っておらず、あらゆる個人が主体的にあらゆる可能性を選択・行動できることが望ましいのではないかと(現時点では)思っています。

1. 品質・供給量の安定について

私は「品質の良いものを」「安定的に」「低コストで」生産できることは、複数ある評価軸のうちの一つにしか過ぎないと思っています。

確かに、1生産者と1飲食店の取引であれば「品質の良いものを安定的に低コストで生産できること」は生産者に求められることかもしれません。でも、複数:複数のコミュニティ内での取引での全体最適を考える場合はどうでしょうか。

1生産者で安定供給できなかったとしても、その時々で適切に需要側とマッチングできる仕組みがあればいいのではないかと私は考えます。UberやAirbnbに代表されるようなシェアリングエコノミーが今後主流になっていくことを考えると、食料生産もこれまでの最適化戦略にとらわれる必要が薄れていくのではないでしょうか。

2. 仕入れ基準の客観性について

2019年のIBMリサーチによる「5 in 5」(5年以内に世界を変える5つのテクノロジーを毎年発表するもの)*には以下の記載があります。

- 世界の農地の重要なデータへの即時アクセスが可能になる
- ブロックチェーン、IoTデバイス、AIによるフードロスの削減
- 食品の流通段階における微生物の監視
- 携帯電話・AIセンサーで簡単に食品の汚染物質を検出
- プラスチックの新しいリサイクルプロセス

ここからもすでに読み取れるように、私は今後生産現場の情報も流通段階の情報も、IoT技術の進展により客観的データがとれるようになっていくように思っています。そして、その情報がブロックチェーンなどの技術により、誰からもアクセスできる、可視化されている状態が当たり前の世の中が近いうちに到来するように感じています。その時に、人は何をもって生産物を買いたいと思うのでしょうか。

「このトマトは糖度10.5で、リコピンが7mg含まれており、栽培期間中にうどんこ病予防のために〜〜の殺菌剤をX回使って、化学肥料使用量は10aあたりXXkgで…」
その客観性とは、どれほど大事なものなのでしょうか。

かわなさんのnoteで私が特に共感したのは、客観的データによる基準はGAP取得などでも設けられる一方で、それ以外のストーリーと呼ばれるような主観性を持った判断軸も別次元であっていいという点です。

今後さらにデータが可視化されていく社会においても、消費者が主体的に選択できる仕組み作りを行うためには、私は主観性を持った情報も併せて可視化されるべきだと思っています。(ここはまだ整理しきれていないので、また別の機会に…)

3. 個と個を結ぶにあたって発生するコスト

徳本さんが挙げてくださった物流コストとコミュニケーションコストについて、ここでは私の考えを書いてみます。

- 物流コスト

現状では、個人間の物流では多大なコストが発生しており、それをどれだけ解消していけるかはまさに産直ECの課題としてあると思っています。
しかし、私個人としては今後テクノロジーでどうにかできる問題なのでは?と楽観視しています。

実際に「クックパッドマート」というサービスでは、共同集荷サービスにより配送コストを下げる取り組みが始まっており、生産者の適正買取価格に配送コストを載せた金額設定でも、スーパー小売価格と同等の値段になっています。

- コミュニケーションコスト

コミュニケーションと一口に言っても生産者・消費者間での積極的な情報交換・フィードバックと、必要に迫られて行う消極的な情報伝達・調整の2種類があるように思います。

前者のコミュニケーションに関しては、それを楽しんだり学びとしたりといったこと自体をも目的とするのであれば、それは「コスト」ではないはずです。そして現在の産直ECでは、このコミュニケーションをも目的化できる生産者・消費者が活用しているように思います。

一方で、後者の消極的コミュニケーションに関しては、産直ECがどれだけ減らしていけるかをITの力でチャレンジしようとしている部分でしょう。
私のCSA研究からの学びとして別記事にも書きましたが、例えば入金や出荷の管理といった調整作業は、そもそも生産者が担うのではなく産直ECなりサービス側が機能として持つべきだと思います。例えばfarmOの受発注機能も、少量多品目で安定しないものを、どうやって効率的に調整するかということにチャレンジしています。

各生産者が本質的でないと思う事務作業をなくてしいき、生産者が一番大事にしたい本業に集中できける状態を作ること。それが産直ECはじめ農業×IT業界の使命なのだと思います。

Backcastingの視点で産直ECを捉える

Forecastingに対してBackcastingという言葉がある、という話を先日先輩に教えてもらいました。

バックキャスティング(Backcasting)は、Robinson(2003)によって作られた造語であり、未来の出来事が基本的に不確実であるという認識のもと、望ましい(現在のシステムを代替する)一貫した将来シナリオ を作成、その妥当性と実現可能性やそのための政策手段を決定するための将来目標から現在に向かっての振り返り(Backcast)を行うシナリオ分析の手法である。現在の傾向から未来の状態を予測する典型的な方法論(フォアキャスティング、Forecasting)とは異なり、想定した将来の目標の実現可能性とそれを達成するため政策手段の決定が主な目的である。(**熊谷, 2017)

私も、現状では産直ECは今ある農業界の課題に対する完全な答えにはなっていないと思います。

ただこれからの世界の向かう方向を考えると、IoTデバイスやブロックチェーンのような技術進展に伴いどんどん生産〜消費のデータがリアルタイムに可視化されるような世界になっていき、ドローン配送のような技術イノベーションは、低コストで個と個を結ぶような物流を可能にしていくでしょう。

そんな世界での食料流通がどういうものであってほしいかという将来目標を思い描き、そこから現在に向かってのBackcastingしてみる。

その時、私はやはり自律分散型のフードシステムというものをあるべき形としてイメージしていて、そのためには個と個をつなぐ産直ECのような仕組みは必要な1ステップだと思っています。


なお、ここまで書いた意見はあくまでも現時点での未熟な個人の意見であり、ツッコミどころは多いと思っています。しかし、不完全な意見でも世に出すことで、次なる議論の土台となっていくことを願います。

最後に、私が改めて産直ECについて考えるきっかけとなる良記事を執筆くださった、徳本さんに心より感謝いたします。もし徳本さんがこの記事を読んでくださっていたら、機会があればぜひ対面でもお話しさせていただけたら嬉しいです。


参考:
*落合陽一 (2019), "2030年の世界地図帳: あたらしい経済とSDGs、未来への展望", p.73
**熊谷啓 (2017), "地域の食政策の創案プロセスにおけるバックキャスティングの役割―秋田県能代市と京都府亀岡市を事例に―"

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