2月29日、ベタな話。

2020年2月29日。
「ずっと気になっていました。付き合ってください。」
とてもベタに、とても自然に、私たちは始まった。
2021年2月29日。
後ろを振り向いても、そこに私たちがいないことに、軽く絶望した。本当に、軽く。スキップするくらい、軽く。軽やかな絶望。


「本当はぜんぶ嘘だったのかも。1年前の今日がないのなら、やっぱり私たちは嘘だったんだ。」私は言った。
私たちの私じゃない方が頷いた。「始まりが嘘なら終わりも嘘だよ」
ナンセンスだと思った。「違う。そもそもそこにはなにもなかった」

私と私たちの私じゃない方は、それから10光年のあいだ口をきかなかった。
2月29日は突然現れたかと思うと、すぐに姿を消してしまう。
私と私たちの私じゃない方はいらいらしていた。

私たちの私じゃない方と口をきかなくなってから15光年と6ヶ月たったある日、私は2月29日に問い合わせることにした。本当は、そんなこと私たちの私じゃない方がやるべきだろう、と思ったが。

「いたりいなくなったりしていますけど、一体どっちなんですか。」
「どっちというのは。」
「そこにはなにかあったのですか、それともやっぱりなかったのですか。」
「そこにはもちろんなにかが存在していましたし、でもその存在は消えていました。いや、正確に言うと、その存在はそもそもありませんでした。でも、存在するのです。」

(どういう訳か、わたしよりも先に2月29日に問い合わせていた)私たちの私じゃない方は神妙な面持ちで頷いた。「ナルホド」
私もつづいて頷いた。「ナルホド」

私と私たちの私じゃない方は、16光年と6ヶ月分の有給をとって3つ先の銀河系へ旅行に出かけた。

その間にも2月29日は出てきたり引っ込んだりを繰り返していたらしい。
帰ってきてから美奈子に聞いた話だ。