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憧れのロマンスカー

  神奈川県の少年にとって、憧れの電車はロマンスカーである。小田急電鉄の特急用車両が受け継いでいる愛称で、新幹線にもつながった初代SE、初めて展望席を備えたNSEなど、代々時代の要請に応えながら神奈川と東京を繋いでいる。

 湘南の鉄道少年であった私にとってもロマンスカーは憧れだったが、箱根方面にも東京方面にも東海道線が繋いでいる湘南沿岸部だと、乗る機会も見る機会もない。藤沢駅にいるのは、展望席がないなどロマンスカーらしくないロマンスカー、子供が泣くことで有名なEXEだった。

EXEα。今は大好きですよ。

 時は流れて、2021年12月17日。衝撃のニュースが駆け巡った。小田急がVSEの翌年での引退を発表したのだ!2005年に登場したVSEは、減少傾向にあった箱根の観光客を増加させるために登場した社運を背負った車両である。斬新な純白の車体に入るラインはロマンスカー伝統のオレンジ。復活した展望席の天井は美しいアーチを描き、窓は巨大な一枚ガラスで眺望を確保し、展望席以外の椅子は窓を向いて傾斜している。伝統の連接車体に加え車体傾斜装置でカーブの乗り心地も抜群だ。車内に個室やカフェブースまで備えた豪華車両は、より新型のGSEが登場してからも、小田急のフラッグシップでありつづけた。

 そのVSEが、わずか17年で引退。原因はその複雑な車体構造故、寿命の延長工事が非常に高額になるためという。コロナ禍での旅客減少による特急の運行体制の見直しの中で、その観光特急に特化した設備も引退の判断につながったとも考えられている。

 これは、乗らないと後悔する。なんとか乗らねば。予約が解放される瞬間に展望席は埋まっていく中、運よくホームウェイの後部展望席最前列を確保した。その日、夜の新宿駅に姿を現したVSEの威容は圧巻だった。こんな美しい車両で小田急の利用客は帰っていたのかと思うと羨ましい。特急湘南なんてひどいものだ。

  滑るように走り出したVSEの巨大な窓には上下から線路が合わさる新宿駅の要塞のような姿やコクーンタワーが飛び去って行く。メガロポリスから伸びる高架の複々線から見える景色はSF的ですらあり、息をのむ美しさである。

 相模大野を超えて江ノ島線に入ると、景色はしずかな郊外の町のそれだ。ニュータウンの整然とした町もVSEの窓からみるとつながる都会の光景とのつながりがいよいよ人工物感を増してくる。大きなカーブを描いて入っていく藤沢駅の頭端式ホームにつくと、あっという間の旅は終わりだ。バシャバシャ写真を撮ったものの、胸は高鳴るばかりだ。これは、箱根にいくしかない。

 いよいよ争奪戦が激しくなるなか、なんとか進行方向右手側の展望席を確保した。1時間近く前に新宿駅に着き、ロマンスカーカフェに陣取ってコーヒーを飲みながら入線を見守る。ホームは鉄道ファンだらけである。

タラップが降りてるー


 バシャバシャと写真をとってたら車内に入ると展望エリアも鉄道ファンでいっぱいである。走り出したVSEは複々線を次々と追い抜いていき、GSE、EXE、MSEと次々と行違っていく。小田急の特急網の充実ぶりがよくわかる。これも3月以降は減ってしまうのだろうか。通り過ぎていく小田急の駅はどれも美しく、鉄道は沿線も含めてデザインするものであるということがよくわかる。右手側に丹沢の山々が見えるころにはあたりも開け、都会の喧騒ははるかに振り切っている。

前からGSE

 酒匂川を越えると一気に海へと進路を変えて、神奈川の西の玄関たる小田原駅に到着する。小田原から先は箱根登山線だ。箱根湯本から先の日本唯一の本格的登山鉄道と対比して、平坦線などと呼ばれる小田原から箱根湯本までの区間であるが、前面展望からの景色は一気に上がっていく。この道も、箱根登山電車であるのだ。滑るように走っていたVSEも早川に沿ってゆっくりと確実に山を登っていく。

 いよいよ到着する箱根湯本の頭端式ホームは川に平行に格子状になっており、現代の箱根の関、箱根観光の拠点にふさわしい威容を誇っている。白いロマンスカーはとにかく美しい。

湯本に収まる


VSEの美しい姿は都会の苦しみから加速度的に開放してくれた。弾む心を抑えながら、箱根ゴールデンコースに向かった。

 さて、来週末も箱根に行く。行はGSE、帰りはMSE。観光特急ばかりではない多彩な車両を楽しみにしている。

帰りもVSEでした。


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