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同一色の世界で II.III

II.III

 数日後、わたしは決意をした。
 下校時、校門から出ていく彼を見つけ、そっと後につづく。途中で友人たちと別れて、ひとりになる時間があるかもと思ったのだ。そう、リアルな世界でも、向かい合って話したかったから。
 そして、おおよそ10分近く歩いたところで、その思いは実現した。交差点で、彼はひとりになった。

 信号を待つ彼の隣に並ぶ。わたしは自分に勇気があることをすでに知っている。でもこんなシチュエーションで活用したことはなかったうえ、他人との距離間もよく分かっていない。だから自分の行動に、少し驚きを感じていた。さて、この後はどうなるのって、自分に訊きながら。

 空は、一枚一枚ページをめくるようにトーンダウンしながら、世界全体に深みをもたらしている。心の奥にいる小さなわたしが、変化してゆく空に触発され、今か今かと好機を伺っている。
 わたし達の視線の先は、真っ直ぐに伸びる横断歩道。今のわたしにはそこに霧が立ち込めているように思える。両足が心なしか、すくんでいる。その先は断崖かもしれない。真っ逆さまに堕ちたら、そこは、火の国の裏側かも。
  微かな身体の震え、存在感が増す喉。大袈裟にならないで、と、全身に指令をおくる。人に話しかけるという行為って、こんなに難しいものだったかしら。
 「家、こっち?」
 光のような速さで、思わぬ方角からわたしの殻を不意に叩き割ったのは、聞き覚えのある声だった。わたしの体は反射的に彼の方へとふり向く。でも頭は突然の事態に追いつけず、ことばをつかみ損ねた。

 「家、こっちなの?」と、横にいる彼からふたたび同じトーンの質問が飛んだ。
 わたしは首を横に振りながら、聞こえるか聞こえないかくらいの「ううん。」を発した。驚いていた。だって、彼の方から話しかけてくるとは全く思いもよらなかったから。軽い脳しんとうを起こしたように、一瞬、なぜここにいるのか分からなくなった。あれ、わたし、何をしたかったんだっけ?

 はっと思い出してそのまま「わたし、スア。…同じクラス。」と言った。
 彼は、目を丸くしながらキョトンとした様子を見せ、そしてかすかに笑いを含んだ声で「知っているよ。」とこたえた。
 彼の笑い声を含んだ素粒子たちが、ナーバスになっていたわたしの殻をつづけて砕いていく。目の前には、初めて目があった時の表情とは違う、クラスメイトのみんなに向けられているいつもの顔があって、でもいつもの笑い声とは少しだけ違う。
 それは今ここで起こったハプニングによるもの。さまざまな要素、状況、登場人物が起こす化学反応。想像の世界では起きなかったこと。
 彼につられてわたしの口元もゆるみ、全身を覆っていた固い殻は完全に粉々になって、足元へと散らばっていた。


 信号が変わり、ふたり同時に歩きだした。
 さっきまで圧力がかかっていた節々からは、ぎこちなさが消え、動作に自然な流れとリズムが戻ってきている。いつもの自分らしさを取り戻し、ゆっくり歩きながら、自分の気持ちをただ素直に、説明するように、話した。
 楽しそうな笑い声、あたたかい雰囲気、仲間、側から見ていて話してみたくなった、と。
 彼は耳を傾けながら「そうなんだ。」と答えた。その態度は、何かを付けたり足したりするようなところがなく、ただわたしの差し出したものをそのまま受け取ったように見えた。そういう反応の仕方に、彼のパーソナリティーが見えたようで、わたしは好感を覚えた。
 もしかすると、この人と仲良くなれるかもしれない ー あたまの中を流れ星が横切った。

 横断歩道を渡り終えたら、頭上はすでに赤銅色へと変化していて、本物の星たちが瞬いていた。宝石が散りばめられたビロードのドレスのような茜空。こんなふうに夜空に見惚れたのは、久しぶりな気がした。それは彼のことが気になり出してからだということは即座にわかった。出逢ってから降り続いていたお天気雨はすでに止んでいて、わたしの頭上には雨上がりの澄んだ夜空が広がったいた。それはごく単純に、その時の胸の内を映していただけだろう。でも、こんなに眩しい夜天を失っていたことを、ちゃんと自分で解ったんだ。
 たとえ晴れていても、いつもそこに在っても、見えなくなることがあることを。

 わたしは歩みを止めて、話せてよかったことを伝えた。最後にまたねと言いながら手を振ったジェスチャーは、ぎこちないものだったろう。そのあとは、伸ばしきったコードが勢いよく元へ巻き戻っていくように、家に向かって、まっすぐ走った。
 上下に揺れる体と一緒に、心の奥の小さな自分が、今日のがんばりを褒め称えるように鈴を鳴らしながら音を奏でている。”ともだち”って言葉が浮かんだ。
 輝きが強くなっていく星空のしたで、踊る心、微かな期待のかけらが、体(わたし)という宇宙のなかで一緒に瞬いていた。

・・・

(つづく)

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Paris⇨Tokyoへ(2020.3〜) 筆名:絲川ミミ SF小説、詩を書いてます。 瞑想、旅、オーガニック、猫、お洋服が好き。 宇宙意識で生きてます🌌 https://linktr.ee/_naaho