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【書籍】図解 錬金術

芸術と科学の源流である、とされる錬金術について触れてみようと思う。錬金術といえば、金の生成やオカルト的な要素しか知らなかったが、読み進めていくと、非常に面白い世界が広がっていた。

錬金術は英語で「alchemy」といい、語源はアラビア語の「alkimia」=技術、である。「kimia」は一説によると、エジプト語で「黒い土」を意味する「keme」に由来し、「al」は冠詞の「a」や「the」を意味する。このことから「alchemy」とはエジプトの技術といえる。なお、現代の化学「chemistry」も「alchemy」に由来する。

古代人にとって技術とは「神の技」であり、治金や染色、建築など、どんな技術も神の技を実現することにあった。さらに錬金術はヘルメス思想と合体して生まれてきたという。神秘的・秘教的性格を兼ね備えていたことから、人間を神のような存在にする神聖な術として扱われ、一般人には理解できないものとなっていった。

ヘルメスとは当時の錬金術師の中でも別格で始祖と信じられていた人物であり、古代エジプトの知恵のトト神を古代ギリシアの冥界の神ヘルメスとを同一視した。ここから「ヘルメス・トリスメギストス」:錬金術の祖の伝承が生まれた。

ヘルメスが書いたとされる(正しくは匿名の著者による文書集)「ヘルメス文書」(BC.3〜AD.3頃)があり、新プラトン主義、新ピタゴラス主義、グノーシス主義などの影響を受けたものであった。この「ヘルメス文書」がアラビア経由で15世紀にヨーロッパに伝わると瞬く間に大流行し、ルネサンス期の魔術・錬金術思想の根本原理を構築した。

その内容は神秘的で謎めいており、宇宙の全一性、大宇宙と小宇宙の共感関係、「天地創造」と「錬金術」の一致などを語ったものである。

錬金術の目的は黄金変成だけではなく「すべての不完全なものを完全なものに変える」というものであった。どんな病気をも治す「エリクサ」や、あらゆることを可能にする「賢者の石」のように。その一方で人間を神のような存在に変える、たとえばホムンクルス(人造人間)を作るといったように。17世紀頃には目的がさらに拡大し、完全な宇宙や理想社会の達成まで目指されるようになった。

第一質料/プリマ・マテリア、大宇宙と小宇宙、四大元素(湿・乾・熱・冷)、三原質(硫黄・水銀・塩)、7つの金属(鉄、銅、鉛、錫、水銀、銀、金)、第五元素(=エーテル、別名プネウマ、スピリット)、秘薬アルカナ、哲学者の卵(=フラスコ)、などなど。錬金術(とりわけ賢者の石の作成=マグヌス・オプス)を行ううえでの工程や思想などは面白かったが、芸術よりも化学や金属学にしか繋がらないため、ここでは割愛。

また、錬金術の表現(賢者の石生成マニュアル)は一般の目に触れては困るため、それを知るにふさわしい人物のみに理解されるよう複雑でわかりにくい表現方法を数多く用いていた。具体的には、記号、象徴、寓意・比喩、暗号、あいまい表現やパラドックス、などを用いて、文章や図によって書き記していた。ただし、表示法にはある程度の規則性はあるものの、書き手によって意味が異なっていたりと、正確には解釈できないものであったため、現代人の目にはまったく不合理としか映らないものになってしまった。

ここで「寓意」について触れてみる。寓意は比喩的で暗示的な一種のたとえ話のような形式を好んで利用した表現を指し、言葉で表現されるよりも絵や図で表現されることの方が多かった。

※本誌より引用「第三番目の寓意図」

錬金術は音楽とのつながりもあり、実験室の中で音楽を奏でていた記録が残っている。単に音楽好きであったという訳ではなく、音楽は宇宙の調和をもたらす魔力的な力があり、病気を治すだけではなく、魂を浄化する作用もあると信じられていたからである。

音楽と宇宙とのつながりは現在のドレミの基本となるピタゴラス音階を軌道上を回る7つの惑星から導き出し、天文学者であったケプラーもまた水星から木星までの6惑星に音階を割り振った。大宇宙の調和は音程の調和であり、小宇宙=人間や元素にまで影響を及ぼすと信じられていた。

錬金術はまた、救済論や輪廻転生といった哲学的思想や、カバラ魔術(後の薔薇十字団→フリーメーソン)や占星術(特に黄道十二宮)などとも深い関係にあった。錬金術と密接に関係した宗教思想であるグノーシス主義に依るところが大きい。

グノーシス主義はキリスト教と類似した部分もあるが、世界の創造やその位置付けは異なり、なかでも決定的に異なるのは罪と救済に対する考え方にある。グノーシスとは「知恵、認識」を意味し、世界=物質的世界は悪であり、救済には神が啓示した究極の「知恵、認識」が必要だとし、それこそが錬金術に値すると共鳴したからであろう。

芸術作品にも影響を与えており、絵画の分野では16世紀の作家であるアルブレヒト・デューラーの作品「メランコリア」や「書斎の聖ヒエロニムス」などの銅版画作品において、ルネサンス期の哲学、魔術、錬金術などの表象に満ち溢れている。レンブラントの風景画もヘルメス的宇宙の象徴表現ともいわれている。

文学ではゲーテの「ファウスト」、フランソワ・ラブレーの「ガルガンチュア物語」、音楽ではモーツァルトの「魔笛」、ベートーベンの「喜びの歌」など。さらには分析心理学の創始者でもあるC.G.ユングは錬金術を心理学的に研究し、心理の成長過程は賢者の石の製造過程に対応付けられるほどである。

古代エジプトより続いてきた錬金術であったが、熱力学のボイルの法則で有名なロバート・ボイル(1627~1691)による著書「懐疑的な科学者」の公刊が、錬金術の終わりを決定的なものとした。この本によって、アリストテレスの四大元素論(湿・乾・熱・冷)や、三原質論(硫黄・水銀・塩)が完全に否定されてしまったからである。

元素はそれ以上に分解できない単一の物質であるとし、元素が物質の原初的な単位となる。これは、鉄の元素は錬金術師が何をしようとも金の元素には絶対に変化しないということを示していた。ボイルによってこれまで科学とされてきた錬金術が否定され、新元素論による新たな科学の道を歩み出していった。

こうしてこれまでの錬金術の研究は非科学的でオカルト的な扱いとなってしまったが、実験の過程で思わぬ副産物として人類に貢献したことは確かである。塩酸、琥珀酸、安息香酸、塩化錫、硫酸アンモニウム、二酸化炭素、燐、などなど。とりわけ錬金術師であり医師でもあったバラケルスス(1493~1541)は、それまで薬草中心の伝統的な医学から、鉱物から作られた薬を導入、すなわち今日の医療化学と呼ばれるものを創始し、医学の分野の発展に大きく関わった。

錬金術は黄金変成だけではなく、人間を神のような存在として技術を使い、さまざまな方法を用いて不完全なものを完全なものへと変えることを目的としていた。占星術とも深い関わりがあり、神秘主義にも繋がる錬金術はルネサンス期で芸術と科学とが交差した源流であるといえよう。

なお、錬金術師の最終目的は卑金属から貴金属(金)を変成させることであった。ボイルによって完全に否定された黄金変成ではあったが、科学は日々進歩している。現在の科学では、196Hg(水銀の同位体)に中性子線を照射することによって、原子核崩壊により197Au(金)に変成するそうだ。詐欺師や魔術師と揶揄されることが多い錬金術師ではあるが、彼らの飽くなき研究心が現代の科学の礎を築いてきたのだ。

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