『鍋』


「さあ、白黒つけようか」

「.......望むところだ」

窓の外では雪が降り積もり辺りを白く染める中、こたつを挟み向かい合う。目の前に座る蜂谷はいつもニコニコと笑顔でいることが多いけれど、今回ばかりは真剣な表情だ。それも当たり前だろう、これは真剣勝負。目の前の相手に負ける訳にはいかないのだから。どちらともなく目を合わせ、息を吸い言葉を吐き出す。

「冬の鍋と言えば水炊きだよね伊代田くん!」

「冬はキムチ鍋が一番に決まってるよな蜂谷!」

むっ、と蜂谷が上目遣いでこちらを睨んでくる。無意識なのだろうがそう言ういかにも末っ子の、可愛いくてあざといと言われるような仕草がよく似合う。この甘える仕草や表情に俺が弱いと言うことを蜂谷はよくわかってるよなあ、なんて感心するがこちらも今回ばかりは譲れないのだ。心を鬼にして少しばかり俯く。こたつに顎を乗せて蜂谷より顔の位置を下にして困ったように首を傾げる。雑誌で読んだものをまるっと試した完全に計算のあざとさである。

「蜂谷.......お願いだから。ね?」

「い、伊代田くん」

よし!怯んだ、これで勝った!こたつに入れた手で気づかれないようにガッツポーズを作る。自分がやるにしては少々あざと過ぎる気もするが構ってられない。男には何に変えても譲れないものもあるのだ。.......それが鍋の中身だと本気で思っている訳では無いのだが、なんとはなしに付けていたテレビで鍋の特集が流れてきてから話がおかしくなり始め。そこからふたりでこんな鍋が食べたいなんて話になって、いつの間にか好きな鍋についてのプレゼン大会をしていた結果どっちの鍋を今日の夕飯にするか、なんて流れになり。もはや意地だが今夜の鍋の味を賭けての真剣勝負になっていたのだ気づいたら。くだらない勝負だなと我ながら思うがこれが中々楽しくて、ああ幸せだな、とらしくも無く思ってしまうのだからやめられない。付き合ってくれる蜂谷も真剣勝負と言いながら笑っているから、こんな日があってもいいじゃないかとまた開き直って真剣にふざけてしまう。だって幸せだからしょうがない、と言い訳した。

あれから勝負はまだ続き、結局今夜の鍋は水炊きになってしまった。何せあの顔で優しく笑って、大好きな伊代田くんが作ってくれた大好きな水炊きが食べたいな、なんて余りにも甘ったるい台詞を平気で吐くものだから、こたつが暑いからなんて言い訳も通じないくらい赤くなった顔と共に俺は白旗を上げた。惚れた方が負けとはよく言ったものだ。蜂谷に勝てる日なんてまるでくる気がしないのだから。.......ああでも、それを悪くないなんて思う自分も大概甘ったるい。

「あ、白滝買わないと」

「え?鍋に入れるの、それ」

「?うん。蜂谷家は入れないの」

「うちは葛切りだなあ」

えーまじか、白滝おいしいのに。葛切りも入れたい。うん。なんて近所のスーパーでふたり、鍋の具材とついでに明日の昼の相談もしながら買い物をする。ひとりで済むのにわざわざふたりでマフラーをぐるぐるに巻きながら、寒い寒いと騒いで買いに行くだけで心が浮き立ってどうしようもない。何だか暑くて息苦しいマフラーをつい外してしまう。

「まーたマフラー外す.......」

「だって首閉まるの気持ち悪い」

「ほら、こっちおいで。巻いてあげるから」

「えー」

「あと帰るだけだよ。我慢がまん」

スーパーを出てふたり連れ立って歩けば、カサカサと鳴るエコバッグの擦れる音、車の走る道路、ぐちゃぐちゃの雪、白くなる息、隣を歩く人。
自分と隣の笑う声。

なんでもない、何気ないこの日常を
幸せの景色だなあ、なんて頬を緩めて思う。
次はきっとキムチ鍋だ。


1495字
2019.10.13