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隣りのクラスのK君について


 テレビをつけたら「記憶にある人」がニュースに出ていた、という体験はあるだろうか。2019年5月29日、小学校に通学途中の女の子と、子どもを送りに来た保護者が殺害された。保護者の男性は私と同じ年齢で、そして高校時代の隣のクラスの少年だった。

 わたしの通った田舎の高校は非常に特殊で、三年間クラスがほぼ変わらない。隣のクラスのメンツも、ほぼ変わらない。ただし、私のクラスととなりのクラスは学科が違う。彼は普通科の選抜エリートクラスで、わたしはその隣の別の英語に特化した科に通っていた。隣りなのに隔たりがある、そうした関係だった。ただし、卒業アルバムで見た彼の顔はどことなく覚えていた。

 私は高校が大嫌いだった。県内の「優等生」ばかり集まるクラスで、とにかく息詰まることが多かった。表面上は馴染んでいた自信はある。だけど、合唱コンクールや文化祭に「本気で取り組む」真面目な気質がいつも居心地が悪かった。常にだれかに見られてたし、ちょっとでも変なことがあると笑いを含んで真面目に注意される、そんなクラスだった。恐ろしく均質で、そのわりに「個性個性」と煩いクラスに馴染めなかった。その結果、わたしは高校で落ちこぼれた。

 印象的な出来事が一つある。私の高校は講演会が好きで、定期的に「偉い人」がやってきて講演を行っていた。ある日、外務省のエリート官僚がやってきて、将来、君たちには国際的に活躍する仕事についてもらいたいと激励された。次の日、国際的に活躍する仕事って何だろう?と他の生徒が聞いたら、その場にいた教師が「国連の職員か外務省だね」と答えた。その国際感覚に失笑した記憶がある。田舎の国際感覚なんて、その程度だ。

 高校の時の窮屈な記憶は、ずっと私を苦しめてきた。在学中から卒業してまで、摂食障害や不眠症、強迫神経症も患った。誰のせいでもない、とにかくあの学校がわたしを苦しめた。優等生になれなかった。国連の人間にも、外務省の人間にもなれなかった。そんな私は、学校での唯一の強烈な記憶、学校のテレビで見たオウム真理教について考え続けることで、不良な研究者としてグータラ生きている。こんな浮草のような、わけのわからない立場は、あの高校が理想とする人間像と真逆だなと、ときおり苦笑しながら。

 事件後、彼の経歴を見て愕然とした。まさにあの高校が理想とする、とても素晴らしい経歴だったからだ。ミャンマー語を勉強して、現地の役に立つ仕事をする。国際的に活躍する人材で、外務省に勤めている。まさに、あの高校がわたしたちに示した、理想とする将来像を体現していた。我ながら高校の記憶を引きずっていることを情けなく思いつつ、なんでそれほど立派な人間が、あの高校がまさに理想とする人間が、なぜかくもあっけなく殺されたのかというショックを受けた。

なぜ殺された?

 事件後、スポットライトを浴びたのは、他でもない加害者だった。彼は不幸な生い立ちで、引きこもりで、「この社会にいる人間だったら誰しもそうなっていたかもしれない」「犯人」だったからだ。彼は自殺した、もう彼の物語は彼自身で語ることはない。だから代わりの人間が、たくさん彼の物語を代弁する。この閉塞した社会の、彼は象徴になった。後続の事件が、ますますそのような状況を作った。

 しかし、私が加害者に望むことはたった一つ。自殺を決めていたにせよ、誰も、そして彼を殺さないで欲しかった。彼はおそらく、とても、とても正しい人間だった。家族を作り、子どもを送って、仕事をする、とても正しい人間だった。学校の名誉でもあったのだろう。その証拠に、彼は卒業後に、高校で講演会をしたようだ。彼はあの高校のスターだったのだと思う。わたしがなりたくて、なれなくて、苦しんだ優等生に、そしてあの高校が望んだ「国際的に活躍する」大人になっていたのだ。

 なぜ殺した?なぜ殺すのをためらってくれなかった?なぜ正しい人間を殺した?なぜ、ギリギリの、寸前のところで止めてくれなかった?なぜ自分自身の自殺で済ませてくれなかった?

 加害者の社会的背景について考えることは大事だ。第二の加害者を作るなというスローガンも大事だ。加害者を生み出すような社会や、そのきっかけについて考えることは大事だ。「一人で死ね」などと言うな、というのも、理解はできる、理性では。またわたしも精神的につらかった時がある。人間は追い詰められると、情けないほど考えが歪んでいってしまう。ある地点で、それは自制すらも難しくなる。自殺もやはり、すべきではない。

 ただ、わたしは加害者を許さない。自殺に逃げることで責任から逃れたことも含めて、やはり加害者を許せない。そんなことをしてはいけなかった。殺したあと、彼ら死んだあと、そのことに憤ることに、わたしは何ら後悔はしないし躊躇もしない。ギリギリのところで、他殺を止めて欲しかった。それができなかった加害者を、わたしは心底軽蔑する。

 勘ちがいしてほしくないのは、立派な人間だからこそ殺されるべきではなかった、ということではない。被害者もまた、一人の人格を持ち、歴史をもち、短い生涯を生きてきた人間だということを、たまたまわたしは間接的に知っている。だからこそ、怒りが収まらない。ただそれだけのことだ。

 この社会において、誰も理不尽に殺されてはいけない。絶対に許してはいけないことで、わたしはそのラインは絶対に譲らない。自殺した人間であっても、まったく同じことをわたしは叫ぶ。そして、この事件、特に加害者に注目して事件を検討している方々に、一度、このラインを確認してほしいと切に願う。

 加害者の問題、それにともなう社会の問題、この国の問題について語るのは、そのラインの先にある。殺人について語るということは、そういうことだと思う。

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コメント1件

いろんな意味で、mizuhoさんのこの文章、途中まではとても共感できた。高校時代のこと、それからも苦しんだこと... 死刑にしてこの国が終わりにしようとしたオウム真理教にこだわり続けて研究していることにも、すごいなって思った。だからこそ、もう少し突っ込んだ見解や展開を期待してしまった。知人だから、怒りが収まらないのは否定しないし、自分だってきっと同じ立場に立ったら、同じような気持ちになると思うけど、それでもあえて、こういう場に書くのであれば、加害者を擁護するとかっていうんじゃなくて、許せないとか、殺さないで欲しかった、どまりじゃないところまで、突き詰めて書いてほしい。今は無理でも、きっとmizuhoさんならできると思う。
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