ショートショート「魔法」

魔法

 少年がテレビでワイドショーを見ていると、突然誰かが話しかけてきた。
「お前の夢は何だい?」
「夢?」
「そう夢」
「お前は一体誰だい?」
「そんなことはどうでもいい。お前の夢を聞いているんだ」
「夢はワイドショーのコメンテイターになることさ」
「コメンテイター?」
「そうコメンテイター」
「どうしてコメンテイターになりたいんだい?」
「だって、ああして、座ってしゃべってればお金がもらえるんだろ。楽なもんだよ」
「いやいや、ああいう人たちは本業でひとかどの人物だから、ああして座ってしゃべっているだけでお金がもらえるんだよ。まず、本業で身をたてなければ」
「本業?」
「そうともさ」
「本業のコメンテイターになれば、副業のコメンテイターなんかよりいいことが言えるんじゃないかな」
「わかってないな。世の中とはそういうもんじゃないんだ。本業のコメンテイターのコメントなんか誰も聞きたくはないんだ。他に夢はないのかい?」
「夢は魔法使いになることさ」
「魔法使い?」
「そう、魔法を使って人をなんでも自分の思い通りにあやつるんだ。きっと面白いよ」
「本当に魔法使いになりたいのかい?」
「もちろんさ」
「じゃあ、お前に魔法をひとつ教えてあげよう」
「ほんとに?」
「ああ本当だ」
「どうやるの?」
「大きな声さ」
「大きな声?」
「そう、大きな声さえだせば。人を思い通りにあやつれるんんだ」
「ほんとかなあ?」
「大きな声さえだせば、悪いことも正しく、正しいことも悪いことにできる。大きな声で人に命令すれば、人はその通りに動くんだ」
「でも大きな声なんて誰でもだせるんじゃないかな。どうしてそんなに便利なものをみんな使わないのさ」
「それは怖いからさ」
「怖い?」
「そう、魔法を使うのはとても怖いことなんだ。お前は怖くはないかい?」
「うーん。少し怖い」
「少しでも怖がったりしたら、魔法の効き目はないんだ」
「そうなの?」
「魔法は誰でも持っている。でも魔法を使えるのは魔法の怖さを克服できる人だけ。魔法を信じている人だけ」
「でも大きな声をだしたら怒られない?」
「怒られる?」
「そうきっと怒られるよ」
「でもお前が本当に魔法の力を信じていれば、きっと最後には許してくれる」
「信じる?」
「そう、お前は魔法を信じるかい?」
「うーん。分かんない」
「少しでも疑ったりしたら、魔法の効き目はないんだ」
「そうなの?」
 返事がないので、少年はあたりを見まわした。誰もいなかった。
「なんだい。てきとーなことばっか言って」
テレビではワイドショーのコメンテイターがコメントをしていた。
 「国が責任をとるべきです」

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