ショートショート「リミッター」

 少年がテレビでドラマを見ていた。韓国のドラマだった。韓国の女性と北朝鮮の男性との恋愛ドラマで、内容が大人向けの上にカットバック多いので、少年では話についていくのが大変だったが、それは少年の母が好きなドラマだった。すると突然誰かが少年の目の前にあらわれた。
「お前は誰だい?」少年は不機嫌そうにたずねた。
「死神だよ」
「ちょっとテレビの邪魔だからどいてくれないかな」
「そんなこと言わずに、大事なはなしがあるから聞いておくれ」
「大事なはなし?」
「大事なはなしだ」
「何のはなし?」
「おまえが死ぬときのはなしだよ」
「ぼくが死ぬとき?」
「そうだよ」
「ぼくはまだ死なないよ」
「それはそうだ。でも死ぬときの心構えが大事だからね」
「そうなの?」
「それはそうさ。死ぬときはどんな感じか分かるかい?」
「わかんない」
「いいかい、死ぬときは生れてから死ぬまでの記憶が全てよみがえるんだ」
「それ聞いたことある。走馬燈でしょ」
「そんな簡単な話じゃないんだ。生れてから死ぬまでの全ての時間がよみがえるんだ」
「全ての時間?」
「全ての時間」
「そんなの憶えてるわけないじゃん」
「いや、ひとは生れてから死ぬまでの全ての時間を記憶している。でも、生きている間は脳が記憶を制限しているんだよ」
「制限?」
「そう、制限。われわれはそれを『リミッター』と呼んでる」
「リミッター?」
「そう」
「ふふ…」
「死の間際にリミッターが外されると全ての記憶がよみがえるのさ」
「へえ、そうなんだ。いいこときいたな。ねえ、死神ならだれか死んでほしい人がいたら死なせてくれるの?」
「いや、わたしはまだそこまで出来ないんだ。でも、リミッターを外すことはできる」
「死神の下っ端ってこと?」
「ぼうやはおりこうだから、誰かリミッターを外してほしい人がいれば外してあげよう」
「リミッターを外されても死なないの」
「死なないよ」
「死なないでどうなるの?」
「記憶が無限になるんだ」
「それだけ?」
「悩みから解放されて幸福になれるのさ」
「リミッターを外すと?」
「そう。無限はゼロに等しいからね」
「よく分からないけど幸せになれるの?」
「悩みがないからね」
「じゃあ、ママのを外してもらおうかな。今は離れて暮らしていて、きっとぼくとパパのこと心配しているだろうから」
「わかったママのだね。約束しよう」
 死神はいなくなった。
「ああもう、どこまで見たのか忘れちゃったよ。ぼくもリミッター外してもらおうかな」
 

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