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金縛り

 最初に書いておきますが、霊感とか普段特にありません。
 話をしにいこうとしていた人が向こうからやってきたり、偶然廊下で会ったりするとかは結構ありますが、霊感とは違いますよね。

 会社員になってまもなくのことです。ある所に勉強のため泊りの出張になりました。宿泊場所は庶務部門が予約してくれたのですが、会場近くにはなかなか無く大変だったと話は聞いていました。
 で、他部署の先輩と駅で待ち合わせて移動し、宿泊場所のホテルにつきました。フロントでチェックインし、先輩とは違う階でした。
 下の階だったので先にエレベータから降りました。渡された鍵の部屋番号を確認し、その部屋の前に立ちました。

 入りたくないんです、その部屋に。

 別に何もありません。普通の扉があるだけです。でも、その部屋の中に入りたくないっていう気持ちがすごくするのです。
 気のせいだと自分に言い聞かせて、鍵を開け中に入りました。

 なんだか、部屋の中が寒く感じて身震いしました。初夏に近かったので、寒いなんてことはもちろんないのですが。あと、ビジネスホテルということだったのですが、違和感がありました。

 2泊だったので皺にならないようにシャツなどをハンガーに掛けたりしながら、ひと段落して部屋を見まわしたら違和感の原因がわかりました。

 部屋の壁一つが鏡で、お風呂場は結構大きくて良いのですが壁がガラス張りだったのです。……どうやらラブホテルを改修し、ビジネスホテルとして営業しているようでした。
 それにしては結構大きな絵画も壁に飾ってあり、違和感が満載でした。

 夕食は先輩と一緒に外で食べました。部屋の違和感については、元ラブホであることは一致していましたがそれ以外特に無いとのことでした。

 で、ホテルに帰ってきて、部屋に入りたくないという感じは消えていませんでしたが、お風呂に入って普通に眠気がきて眠りました。

 何時なのかわかりませんでしたが、目が覚めました。正確に言うと意識は戻って来たって感じでした。どうしてかっていうと、身体は動かなかったのです。
金縛りってやつです。初めての経験でした。
でも、その時は冷静でした。意識はあるのに、身体が動かないことがあるんだって考えていましたから。

 その時、部屋の外から何かが入って来たのを見ました。これも正確に言うと目は開いていないので見えてはいません。その部屋の状態を俯瞰的に見ているような感じでした。

 入ってきたものは、雲や霧のような靄のようなものでした。それがベッドに寝ている私に近づいてきます。私は動かない身体にやきもきしながら、なすすべもなく見ているだけでした。

 靄は私の身体の上に来ると、手のようなものが私の首に向かってのびてきました。

 何が起きそうなのかがわかり、私は必死で声を上げようとしましたが何も起きません。身体を動かして対抗しようとしても動きません。

 その時、私に唯一浮かんだ考えはお経を唱えるということでした。祖母の家には仏壇があり、お経があったので多少は知っていたのです。

 のびてくる靄の手に怯えながら、私は必死でお経を唱えていました。

 気が付いたら、靄は消え身体が動くようになっていました。時計を見ると深夜2時でした。逢魔が時でした。
 恐怖に震えたまま全ての照明を点灯し、朝日が差し込むまで決して眠らないように起きていました。明るい月を朝日と間違えさせられないようにとも思いながら。

 間違いなく朝がきて、ようやく安心できました。部屋に朝日を入れ、違和感のあった絵画の額をずらしてみました。

 壁に何か黒っぽい染みがいくつもありました。絵画はそれを隠すためにそこにあるのだと感じました。

 もう一泊する予定です。このままなら絶対にこの部屋では寝られません。すぐにフロントに行き、部屋を変えて欲しいと言いました。あの部屋だと寝られないと。

 フロントの人は特に訝しがることなく、こう言いました。
「やっぱり、出ましたか。」
 それだけ言うと、違う階のルームキーを渡してくれました。

 その晩は警戒に警戒をしたのですが、そもそも部屋に入ることに違和感を全く感じなかったので、気が付くと寝ていました。もちろん何も起きませんでした。

 金縛りにあったのは、その時とは別に1回だけあります。

 ノートのお題にちょうど良かったので今回書きましたが、書いている途中で何度も背筋が寒くなり、書くことをやめたいとも思いました。

 この次に絶対に何かノートに書きます。自分への保険のためにも、何か書きます。

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