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SHOWの名のもとに生まれて

「名は体を表す」という言葉がある。

読んで字の如く、名前はそのもの/そのひとの実態を表しているという意味で、この言説は様々な調査から科学的な裏付けが取れているらしい。

2019年10月18日放送のRIDE ON TIMEにて、平野紫耀さんがこんな発言をしていた。

「(ジャニーさんが)平野紫耀の紫耀は、S H O Wでエンターテインメントのショウだね、って言ってくれて…最初はジャニーさん何言ってるんだって思ってたんですけど、今となったらもうほんとに、運命なんだなあって思いますね。ていうか、親が俺の名前を紫耀にしてくれたところからもう、ジャニーさんと会うことが決まってたんじゃないかなって自分でも思うくらい、運命というか…」

予てから「紫耀くんがショウくんなの天才だよな〜〜〜〜!」って春爛漫お花満開な脳みそでぼんやり考えていたことはあったけれど、紫耀くんのこの話を聞いたとき、ああやっぱり平野紫耀さんは"名は体を表す"の具現化だ……ってわたしの頭の中の伏線が一気に回収されていく感覚があった。

「平野紫耀の紫耀は、エンターテインメントのショウだね。」

日本の芸能界を支える文化を築き上げた偉大な魔法使いであり、何より、生涯ショーを愛し続けたあのジャニーさんからこんな言葉をかけてもらえるだなんて、舞台に立つ者としての最高の名誉ではないだろうか。誇りに思えることとか自慢だと言えることなんてそう多くはないけれど、紫耀くんを好きでいることだけは、わたしの誇りだなあと思う。
そして、ここで改めて言いたいことがひとつある。折に触れて感じてはいたけれど、いやあのもうほんとうに、ジャニーさんとの「平野紫耀」の解釈の一致がすごい。紫耀さんのことを「スター」と呼んでいた時点でもうトップオブ解釈の一致だった。そうです、平野紫耀さんはスターです、社長が見つけた一番星です、この世の光です、地球の宝です、見つけてくださってありがとうございました、これからもありがとうございます、愛・感謝。ジャニーさん、いつになったら復活してくれるの???って、わりと本気で考えていたりする。

今この文章を書きながら、前回のJOHNNYS' King & Prince IsLANDの公演で、やわらかな微笑みを浮かべて「ショーほど素敵な商売はないね」と歌っていた紫耀くんの姿をふと思い出した。

二年ほど前の舞台では確か、れんかいのふたりがこの曲を歌っていたと記憶している。あのときのユメアイにおいて紫耀くんは、すべてをひとりで背負い込んで、怪我をしようと周りが止めようとなりふり構わず何がなんでも完璧なエンターテインメントを追い求め続けるエンターテイナーの役を演じていた。相変わらず起承転転転転転転………な舞台なのに、舞台上で描かれている夢と、目の前で演じている人間の現とをどうしても切り離すことができずに、あー残酷だなー…って、胸が締めつけられて苦しかった。

その時代を経て、2018年。

King & Princeとしてデビューしトップアイドルの階段をのぼり始めた彼が、「ショーほど素敵な商売はないね」と歌ったその意味を、わたしはどうしたって重く受け止めずにはいられなかった。一度はアイドルを辞めてしまおうかとさえ考えていた彼なのに、舞台の上、スポットライト、美しい音楽とトンチキときらびやかな衣装、すべてが本当によく似合っていた。
SHOWの名のもとに生まれ、エンターテインメントの神様に見初められた特別なひと。以前はよく感じていた、というかアイドルを応援する人間なら誰もが感じたことがあるであろう、好きなひとにアイドルを背負わせることへの罪悪感みたいなものが今はだいぶ薄れたなあと思う。消費されていく構造にしんどくなることは正直まだあるけれど、「アイドルでいてほしい」「紫耀くんのことをできるだけ長く見ていたい」と思うこと自体が間違っているんじゃないかとか、もう根本的に今幸せなのかなって思ったりだとか、そういう行き場のない救われもしない罪悪感を抱くことが昔に比べてすごく減った実感がある。自分が楽になりたいから、アイドルに何かを発信してほしいとは思わない。だけど、紫耀くんはどういうわけか、いつも欲しいときに欲しい言葉をくれて、わたしはそれで勝手にファンでいることを肯定された気持ちになって勝手に救われている。平野担は、底抜けに楽しくてちょっとだけ苦しいのが醍醐味だ。「アイドルが天職」と話していた紫耀くんの言葉が、今またもっと熱を帯びて感じる。

本人曰く、彼のお母様は、"ただ紫色が好きで、字面がかっこいいから"という理由で紫耀と名付けられたそうだ。ふつふつと燃え滾る情熱の色である赤色と、清く淀みのない、冷静さや落ち着きを表す青色との中間色である紫色。"ショウ"然り、紫という漢字も彼の内面を象徴しているようだなあと感じる。
二十数年生きて、「この人に出会うためにこの名前で生まれてきたんだ。」「生まれたときから自分はこうなる運命だったんだ。」と思えるような人生がどれほどあるのだろう。平野紫耀さんを見ていると、宿命を背負う覚悟も、経験に裏打ちされた本能も、選んだ職業の選んだわけではない孤独も、彼が持っている何もかもがあまりに大きすぎて、途方もない気持ちになる。

さて、今年も紫耀さんと帝劇の冬がやってきた。

帝国劇場という場で華麗に舞い踊り、王としての品格を存分に発揮する紫耀くんがわたしは大好きだ。時間も空間も視線もそこに存在するすべてを自分のものにしてしまう彼の圧倒的なセンスと身体能力も、それを目の当たりにして言葉を失うあの感覚も、本当に本当に大好き。どんな状況であれ、本人たちが「お客さんに楽しんでほしい」という気概でパフォーマンスをする限り、その思いを100%形を変えずに受け取りたいと思っている。
ただ、それとこれとはまた別の次元の話として、わたしはこの舞台期間がどうも苦手で、もうなす術もなく遣る瀬無い気持ちになってしまうことが度々ある。これは、舞台上で起こる物語に自分の気持ちを多めに乗せて受け取ってしまうというわたしの内側で起こるバグであって、本人たちにはなんの罪もないということをどうか分かっていてほしい。分かっていてほしいって言ったって平野紫耀さんがこの文章を読むことはないんだけど、とにかく、とりあえず、完全にわたしが悪いんですということだけは主張したい。このバグだけは、どうにも修復ができそうになくて毎年毎年困っている。

ああ、今年もまた、毎日しずかに祈りを込める日々が始まる。

どうか、どうか怪我なく、無事に千穐楽まで終えられますように。そして、千穐楽の幕が閉じたあとも力尽きることなく穏やかに過ごせますように。ここまできて月並みな言葉しか出てこない自分に自分で可笑しくなっちゃうけど、もう何よりも紫耀くんが心身ともにすこやかでさえいてくれれば、それ以上の望みなんてない。
今夜はひどく冷えるから、なんだか紫耀くんのことを思い出して、気が付いたらここまでだらだらと文字を綴っていた。In your lifeを聴いただけで3000文字以上の文章を一気に書けるこの無駄な能力を何かに活かせればいいのにと常々思う。怒濤の日々の少し手前で、深呼吸をする。吸い込む息に冬を感じて、すこし身が引き締まる思いがして、紫耀くんを思い出して、なんにもないけど、今日も好きだなあと思った。

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