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モーツァルト:アダージョとロンドKV617、グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調KV356(KV617a)

「グラスハーモニカ・禁じられた楽器」

グラスハーモニカ(アルモニカ)は、調律された半球状ないし円盤状のガラスが並べられ、同心円上に並行軸に据え付けられたもので、この軸は足踏み式ミシンのようにペダルを踏むことで回転し、半球体のガラスは下部に置かれた水盤で水に濡らされ、上から演奏者が水に濡らした指で触れて音を出して演奏します。天国的でピュア音色が特徴です。下の動画をご覧下さい。1761年ベンジャミン・フランクリンによって開発され、18世紀後期から19世紀初頭にちょっと流行しました。マリー・アントワネットもこの楽器を習って演奏したそうです。しかし、この楽器は持ち運びも大変だし、演奏も至難で、あまりにデリケートすぎて大きな音が出ないなど、様々な事情が重なって今ではほとんど消えてしまっています。

神秘の音色をもつ楽器「グラス・ハーモニカ」の音色はあまりに美しすぎて人の気を狂わせ、死霊を呼び起こし、奏者や聴く者を死に至らしめる恐怖の楽器として恐れられていました。大騒動になったのでこの楽器は法律で禁じられました。魔女狩りの伝統の残るヨーロッパでは様々な異常現象がこの楽器のせいにされました。この楽器はすっかりオカルト的な存在になってしまったのです。モーツァルトのパトロンだった医師、フランツ・アントン・メスメルはこの楽器を治療の一環で催眠術に使用していました。それは法律違反だったのでメスメルはウィーンを追放になってしまいました。ウィーン追放のきっかけにもなった盲目の音楽家マリア・テレジア・フォン・パラディスの治療の一件は非常に有名です。なお、モーツァルトはパラディスのためにピアノ協奏曲第18番 変ロ長調KV456を作曲しています。

◆「アダージョとロンドKV617」

1791年、モーツァルト最後の年の作品です。マリアンネ・キルヒゲスナーのために、アダージョKV356とこの曲を作曲しました。彼女は盲目でしたが、グラスハーモニカの名手でした。

アダージョとロンドKV617はグラスハーモニカ、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロという非常に特殊な編成の五重奏です。グラスハーモニカはピアノやオルガン、ハープ、チェレスタなどで代用できますが、ピアノで演奏したとしてもやっぱり異例の編成になるので、演奏機会に恵まれてはいません。熟達した魅惑的な傑作なのに残念なことです。ピアノはグラスハーモニカのような異常な感じにはなりませんけれど、それでもいいから、もう少し演奏されてもいい作品だと思います。非常に魅惑的な作品です。


チェレスタやハープで演奏するとちょっといい感じになりますが、ハープはちょっと豪華すぎるし、艶かしすぎるかなと思いますね。

◆「グラスハーモニカのためのアダージョ ハ長調KV356(KV617a)」

この作品も1791年にマリアンネ・キルヒゲスナーのために作曲されました。たった28小節の小品です。モーツァルト晩年の小規模&シンプル志向が極限にまで到達した逸品です。ある程度ピアノが弾ければ初見でまあまあ一応の感じには弾けてしまうでしょう。

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ピアノやオルガンでも演奏できますが、やはり神秘的でちょっとオカルティックなグラスハーモニカでの演奏がいちばんだと思います。

「ブルーノ・ホフマン/フェリーニのカサノバ」

忘れ去られていたグラスハーモニカを現代に復活させたのがドイツのブルーノ・ホフマン(1913-1991)でした(この記事の最初の方にあげたKV617の動画はブルーノ・ホフマンの演奏です)。彼はグラスハーモニカの名プレーヤーとして活動しながら楽器の改良にあたり、フェデリコ・フェリーニの名作映画「カサノバ」(1976)にも参加して大きな貢献をしています。

「カサノバ」の基調になっているのはまさに神秘的なグラスハーモニカの響きです。映画にはブルーノホフマンの名前も「ソリスト」としてクレジットされています。美しい自動人形、お針娘アンナ・マリアのシークエンスは、完全に「人形愛」の世界です。ここでカサノバは語りかけます『あなたを完成させたい。彫像のように。私がピグマリオンとなり創造物に命を与え私の情炎で体に火をつけ生命の炎を燃え立たせたい』

セックスのシーンでカサノヴァの腰の動きと連動して動く(笑)機械仕掛けの鳥も非常に印象的です(こいつがかわいいのだ!)。

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18世紀を代表する色事師カサノヴァを映画化するにあたって、フェリーニは極めて18世紀的なグラスハーモニカや自動人形(オートマタ)に徹底的にこだわりました。この作品で描かれる感覚はまさに「モーツァルトの時代」の感覚そのものなのです。



余談「マリア・テレジア・フォン・パラディス」

マリア・テレジア・フォン・パラディスといえば、やっぱり「シシリエンヌ」が有名です(偽作かもしれないのですが...)。パラディスは女性作曲家のパイオニアです。 モーツァルトの時代は、一般的に女性の公開演奏が禁じられていましたが、彼女はステージに立つことができたし大規模な演奏旅行も行うことができました。彼女が盲目だったことも彼女が舞台に立てた大きな理由のひとつでしょう。世間には彼女に同情する気持ちもあったでしょうし、盲目の女性はステージから媚態を振り撒くような下品な振る舞いはしないという勝手な思い込みもあり、見せ物を見るような気分で演奏会に来る不謹慎な輩もいたでしょう。パラディスは前半生は歌手・ピアニストとして活躍し、後半生は作曲と教育に集中するようになります。彼女はウィーンに自身の音楽学校を設立し、女性と盲人たちに音楽を教えました。

シシリエンヌはこれです。みんな大好き。定番中の定番。

Youtubeではパラディスの歌曲も聴けますね。

パラディスのために書かれたピアノ協奏曲第18番変ロ長調KV456には、指揮がブリュッヘン、独奏がバドゥラ=スコダとゆーものすごい組み合わせの動画があった。こんな動画があるんだなー。すごーい。

バルシャイ指揮、リヒテル独奏というこれまた凄い組み合わせの動画もあります(日本公演!)。



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