続ける!毎日掌編小説、第8回目!『気分が良かった』
僕は恋愛に興味をそそられない。
何事にも情熱を注ぐことができない人間だ。ただ毎日を呆然と過ごしている。何の彩りもない人生だ。
しかし、ある日のこと、心から自分の気持ちを打ち明けられる相手と出会う。
それは雨の日、仕事帰りに傘を刺しながら住宅の外壁のすぐそばを歩いていたとき。角を曲がると君はいた。湿って今にも崩れてしまいそうな入れ物。君はビニールから顔をのぞかせる。
君は優しくて、決して嘘をつかない。面白くて、いつまでも見ていられる愛しい顔。
僕は捨てられていた犬を拾った。そして僕は今日から情熱のこもった幸せな日々を送る。
何の変哲もない、ただの仕事がない休日だった。でも今日は違う。君がいるから。
君はボールが好きだった。ボールを投げた途端君は一直線に走った。そしていつも僕の元に帰ってきてくれる。僕を裏切ったりしない。
今週も君のためにボールを投げる。君は遠くに投げすぎてしまったボールを取りに行った。
「ごめんよ!」
僕はそういうと振り向いてくれたりする君。そうしてまたボールを探し始めた。
君はとても賢い、お座りも、おても、何でも僕が教える前からできていた。
少し目を離した時だった。なかなか戻ってこないので心がキュッとする思いになった僕はそれを解くために君を探した。
すると君は少し離れた場所で座っていた。おすわりなんて誰も命じてないはずなのに。
しかし、見つかってよかった。背筋に暖かいものが注がれていくようだった。
僕は君を優しく持ち上げて抱えた。
「おーい!どこに行ったんだ!」
朝目が覚めると君はいなくなっていた。戸締りはしたし、小型犬が開けられる扉も外に繋がる隙間もどこにもない。
ただ不自然に感じたのは、何か不気味な、腹のあたりを巡る灰色の何か。嫌な予感がした。
それは案の定、的中してしまった。誰かがこの家に侵入した痕跡が見つかった。
この日、君は誘拐されてしまった。
「誰がこんなことするんだ、絶対に許さない。取り戻してみせる」
僕は、張り紙からSNSまで、幅広く君を探した。
早かった。君を見たという情報が何通も届いていて、僕はすぐに家を出た。
犬を愛する人が多いというのはとても良きことだと心身に思った。
僕の足は軽快で重く、元気でいるだろうかと常に胸が痛かった。
たどり着いた場所は、自宅から車を飛ばして2時間の山奥だった。
そして一軒のボロ家を見つける。僕はドアノブに手を置きひねる。心が高鳴った。1ヶ月間だ、時間がかかってごめん。
「迎えにきたぞ!無事か!」
僕は君がここにいるか、確信も持てていないのに歓喜の声を上げた。が、それは悲痛の叫びに変わった。
扉を開けてすぐに鼻を貫く勢いでツンと臭う激臭。匂いの元を辿るように視線を地面に向けた。
「……」
パリンと僕の手の中から君の首輪が落ちた。頭の中で何度も繰り返されるのは8つのこと。それが絶え間なく脳をめぐった。
悲しい、辛い、かわいそうに、寂しいよ。
僕のせいだ、憎い、どうしてこうなった?誰がこんなことを?
同じようにしてやる。
復讐してやる。たとえそいつにいかなるこの子を殺した理由があろうとも。一方的に、残虐に、壮絶に。
心の奥に、でもすぐそばにある黒いもやが僕を飲み込んだ。
おわり…
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