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続ける!毎日掌編小説『あなたの優しさ』

「時折僕は優しくなくなるんです。あ、逆に言えば優しい時はある、とは言えないです」ソファに沈み込み、俯いている男は弱々しく言った。「なぜなら、僕は人に優しくする方法がわからない」
 男はトゲトゲとしたこめかみを掻いた。
「お願いします。どうか、僕に優しさを教えてください!」
 男は勢いよく立ち上がり、机を乗り上げた。その衝撃で向こう側にちょこんと座っていたぬいぐるみが倒れた。
「はぁ、何してんだろ、いい年して」
 彼の名は、ユウ。現在完全完璧一人ぼっちである。というのも今、監禁絶賛中だからだ。
 周りを見渡すとあたり一体ぬいぐるみで、好きな人は好きな部屋だ。だがさほど可愛い系の人形、ましてや女物は、もちろん好きではない。しかし、おそらく半年もここに入れらていると会話相手も欲しくなってしまう。たとえ女物の人形だとしても。
 
「気が狂ってしまうのを耐え凌ぐために」

 隣の部屋から聞こえてくる少女の声。寂しくて、弱々しい声。
「どうしてあんなこと言ったの?」「謝ってよ!」「もうひとりにしないでよ」その声は悲痛の叫びだったり、声にならない声だったり、喉の筋から聞こえてくる声だ。
 ユウは何度も少女に声をかけようとした。でもしない。
 ユウの手は震えていた。耳を塞いで、耐え凌いでいた。

 ある日のこと、その日の夜の少女は泣かなかった。
 毎日のように聞こえてくる涙がぽちゃんと落ちる重たい音が聞こえなかった。
「聞こえない」ユウは笑みが溢れた。少し引きつった表情を残して。ユウはいつも泣き声が聞こえてくる壁に手のひらをつけた。

 とん、と向こうから聞こえた。ちょうどユウが手をつけているあたりからだ。

「お兄ちゃん」

 ユウの腕はゾッと鳥肌が立って、手をどけた。
「うわっ!」
 驚いて仰け反った。
「行かないで!驚かしてごめんなさい」その声は優しく冷たい声だった。毎日泣いてるためか、声が少し掠れている。

「う、あ、あのさ、嫌じゃなかったら一つ聞いてもいいかな」
 ユウは言った。
「私がなく理由?」少女は言うと、ユウはハッとして言った。「うん、そうだよ」
「ここにくる人はみんなそれを聞く。でもあなたはずっと聞かなかった」少しばかり寂しそうな声だった。「いいよ、教える。でも先にお兄さんのことを教えて?」

「僕?わかった……僕は人に優しくするのが苦手なんだ。君に声をかけられなかったのもその理由」ユウは淡々と話し始めた。「もっと傷つけてしまうんじゃないかって怖くなってさ。またいつものように相手を傷つけてしまうんじゃないかって。誰かを傷つけてしまうぐらいなら一人にだっていい。いや、違うな。もっとたくさんの人と話したい。たくさんの人に優しい人だって思われたい」
 これは傲慢な方の気持ちだ。
「そう」
「でも、僕は優しくする方法がわからない。相手の気持ちを汲み取れない。無責任なんだ。鈍感なんだ」
「違うよ、お兄ちゃんは優しくなろうとしてる。私を傷つけないように一人にしてくれてたんだよね。ありがとう」
「え」
「優しさの優しさを表現し方は人それぞれでいいんだよ」

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