mikage_salvatore
元ヤングケアラーという傷
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元ヤングケアラーという傷

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 『ヤングケアラー』という言葉が出てきた時に、そうか私はヤングケアラーだったのかと自覚した。うつ病の母親の代わりに家事の一切を引き受け、するのは当たり前でしなければ怒鳴られる状況だった。妹も父親も我関せずで私にやらせていたのは、私が不登校で暇だからいいでしょという認識だったのかもしれない。それは14歳から家を出る25歳まで続いた。
 特に10代の1番ひどい時期は適切な場に繋いでくれる方法も場所も知らなかった。だから精神科に通って薬を飲み続け、家に極力帰らないようにバイトをしたり遊びに行ったり友達の家に泊まらせてもらったりしてやり過ごしていた。私が帰宅すると母親は土色の顔で「ふらふらと遊び歩いてどこに行ってたんだ」「いいご身分だこと」と眉を吊り上げた。何度も死のうと思った。怒鳴り声と皿の割る音を毎日聞いていたおかげで大きな音に敏感になった。
 うつ病の母親の代わりに家事を一身に引き受けた私は家事と料理を早い段階で一通り覚えて、こなしていた。家を出てすべてが4人分から2人分に減った時、随分楽なもんだと感じた。けれどこんな認識、防衛本能だ。あと10年、15年遅く生まれて、ヤングケアラーだったとして、誰かに相談して、今よりまっとうな人生を歩んでいたのだろうか。
 周りが当たり前に出来ることを出来ないことに対して苦しんでいる。これは現在進行形。でも頑張ってもまた倒れてしまうし、仕方ないからマイペースでいられるような自分に合った環境をその都度探す。そういう意味ではみんな大好き"理解ある彼くん"なのかもしれないな。大きな幸運とちょっとの努力で今の自分がいる。
 名前がなかったものに名前をつけてラベリングするのは必ずしも悪いことではない。そうすることで問題が顕在化するし、認知もしやすい。ヤングケアラーもそのひとつだ。名前があるからそういう環境にいる子たちを「要はヤングケアラーってことか」と認識できる。
 じゅくじゅくと化膿した傷を抱えたままの元ヤングケアラーの傷はどう癒していけば良いのだろう。インナーチャイルドを癒すとか、昔の自分を認めて抱きしめるとか、何度やってもしっくりこない。人混みの中に行けば相変わらず具合が悪くなるし、漠然としたモヤモヤ感が消えなくて薬に頼る。私が他人にかける優しい言葉は『私がかけられたかった言葉』だ。人に優しい言葉をかけることで自分も癒そうとするエゴだ。
 私は死にたかった。今でもその揺り戻しがやってくることがある。私が恵まれていて幸せそうにして何も考えてないように見える人がいるのかもしれない。けれど実際、心の内はいつもジェンガをしている気分だ。私が心から呑気になれるように、化膿した傷を治す方法を教えてほしい。

【追記】私が以前から「子供に子供以上の役割を与えるな」と主張しているのは全て実体験から来ている。子供に配偶者の悪口を聞かせて欲しくない。子供は親のカウンセラーでも友達でも恋人でもない。ママの間で息子を指してよく「小さな彼氏」と表現を聞くけれど、彼氏の役目を求めるのは酷だ。「軽い、そんなつもりじゃない」言葉でも、子供に傷を残すことがあるっていうこと。私も実母に「友達みたいな娘」と家の外で言ってるのを見て「あなたは母親で私は娘だ」と非常に不快な思いをした。人間誰しも歳をとると様々なものが鈍感になるから、何か言う時は少し考えすぎなくらいが丁度いいんじゃないかな。

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チロルチョコをお腹いっぱいに食べたい。