見出し画像

最後の花火

 グラスを伝う水滴が、テーブルに円を描く。「まだかかりそう」という2度目のLINEは、返信せずに液晶を消した。

 そういえば、ずっと一緒にいた人ほど、卒業を機に二度と会わないような別れ方をしている。もしかすると、また何か間違えたのかもしれない。冷ややかな予感は、胸をキュッと締めつける。

 この春、隣県とはいえども、300キロ以上離れたこの土地へきた。だだっ広い土地にある空気は、拍子抜けするほどきれいで染みる。昨日まで雑踏の中にいたとは思えないほど、静かな景色が広がっていた。

 そして1年が経とうとしている。起きて、働いて、食べて、寝た。野菜は安いし、土鍋で炊くごはんは美味しい。たった三畳分程度の畑をもち、夏野菜を収穫した。家に人を呼び、夜はちゃぶ台を囲み、ともに朝を迎えた。

 地に足のついた暮らしでしか出会うことのできない、体の奥からじんわり温まるような幸せがある。湯を沸かしてお茶を飲むようなそれは、出会いも別れも自然なリズムであることを知らせてくれた。

 最後の花火は、アパートの窓から眺めた。祭りを祝う花火だ。涙ながらに見た湖の花火も、ご先祖様をお迎えした後の線香花火も、鎮魂の花火も、どれも美しい。以前よりも光が儚く散る時に、「ありがとう」と感じられるようになった気がする。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?