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たこ焼きという人生哲学

美味しいものは脂肪と糖でできている、という秀逸なコピーがあるように私たちは、脂っこい炭水化物の塊を愛してしまう傾向にあるようだ。

和食はヘルシーだといわれるがそうではない。例えば新橋でリーズナブルに和食の昼食をとろうとすると、脂肪と糖のオンパレードになる。

吉野家の牛丼、丸亀製麺のうどんと天ぷら、かつやのかつ丼、からやまのからあげ丼、日高屋のラーメン、、、

どれもこれもヘルシーとはとても言えない、油、砂糖、炭水化物で構成されたメニューしかない。これは朝の満員電車で疲弊したサラリーマンが食欲でストレスを発散したいという欲望をピンポイントに狙った企業の陰謀だといえるだろう。冗談ですけど。

そんなヘルシーとは縁遠い和食のメニューたちであるが、体にそこまでよいものではないとわかっていながらも、みんなひとつくらいは好きなものがあるだろう。私にとってそれはたこ焼きだ。いや、関西の人間の避難を逃れるために正確にいうとすると揚たこ(というか、銀だこテイストのたこ焼き)だ。

油でゴリゴリに焼き固められた表面には、天かすによってジューシーさを保った生地があり、タコの触感やうまみと相まって、口の中に幸せを(そして時には火傷の惨事を)もたらしてくれる。

これぞ、キングオブ脂肪と糖で構成された一品であり、仙豆にも伍するほどのカロリーボールであるといえるだろう

始めはぐちゃぐちゃで混沌を極めるたこ焼きの鉄板だが、生地に火が入り何度かくるくると回していくうちに、たこ焼きという何とも魅力的なカロリーボールが出来上がるのである。

そこには人生を見てとることができる。「生きる」という目標に漠然と駆動され、日々の生活を営むわたしたち人間。あらゆる可能性を秘めた赤ちゃんとして生を受け、周囲の人間のエネルギーを受けながらひとりの人間としてのパーソナリティが確立していく。

その過程では成功もあれば失敗もある。時には火の通りが甘い段階で生地を動かしてしまい、ぐちゃぐちゃになった生地のように、「今後の人生詰んだ」と思うような状況に陥るときもあるかもしれない。

しかし、あきらめずに火が通るのを待ちながら整形していくと、なかなかどうしてきれいなたこ焼きに形がまとまっていく。

それは人生も同じで、気強く周囲の人たちのエネルギーを受けながら試行錯誤を続けていると、何かしらの形でひとりの人間としてまとまりを帯びていく。

あなたはどんなたこ焼きとして人生を締めくくりたいだろうか。たこ焼きという人生哲学である。


自己投資という名の食材への出会いに使えればなあなんて思っています。