何度桜が散っても、君が隣で笑っていますように
何かが物足りなくて、ずっと何かが足りないけど、また明日が今日になって昨日になってしまった。わからない時期だ。何に向かって走っているのかわからないけど走ってみてる。暖かくなってきたね、もう夏至だって。
これからまた昼の時間が短くなっていくなんて、まだ夏は始まったような始まってないようなそんな感じなのにもう終わったの?
木の葉がざわざわと音を立てて生温い風に揺られている。世界は雑音まみれだ、何も聞こえない見えない、煩い。
愛だとか恋だとかそんな明確なものじゃなくたっていいじゃない。私がこの人と一緒にいたいと思ったから隣にいるの、そこに理由なんて求めないで。
価置観や考え方なんて人それぞれだ。誰かには賞賛されることも、誰かには批判される。でもね関係ないよ、周りに迷惑をかけないなら何をやっても誰と居ても自由でしょ?
生まれた時真っ白だった自由帳は、死ぬ時にやっと完成する。ページ数は、わからない、まだ前半だといいな、わからないけど。
カラフルなページもあれば自黒のページもある、でもそれでいいよ、人生だもの。それより、そのページを描いたのが自分じゃない、パートナーでもない、別の人だったらもったいないね。
一冊だけの、私だけの"自由帳"。
あの頃、すっかり生きる気力を失っていた君が、私の熱い説得に見事に負けて私に会うと決めて、今では隣でここ行きたいあれ食べたいって目を輝かせているのが本当に嬉しいの。
何度桜が散っても、君が私の隣で笑っていますように。
毎年行く花火大会、打ち上げられた花火を眺めながら綺麗だねと呟く君の横顔を、
深夜に食べに来たラーメンを目の前で嬉しそうに食べる君を、
ベッドに2人横になって、隣でこっちを見ながらケタケタ笑う君を、
ずっとずっと見ていたいから。
8ヶ月ぶりくらいの山岡家、幸せの代名詞。醤油が好き。
夏のラーメンもいいけどやっぱり真冬の深夜ラーメンは格別だ。また今年も行こうね。
食べず嫌いばっかりで、食べたことのないものは全部拒否していた君が、美味しいよって私が言うものはなんでも食べてくれるようになったのが可愛くて愛おしいの。
ほうじ茶クラシックティーラテ、おかえりなさい。飲んだことないって言うから、まじでめっちゃ美味しいよって言ったら、飲んでみたい楽しみって言ってた君が美味しいって嬉しそうにするからこっちまで嬉しくなっちゃうね。
どこからだろう、運命の糸の始まりって。
奇跡と運命と偶然に引き寄せられて、いつから私たちは同じ場所へ歩み始めていたんだろうか。
その糸がいつまでも解れることのないように、大切に守りながら。
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