本当は、私は、約束をしたかったのです。 「私は必ず、先生の葬式に出てみせますよ」と。 先生が、これまで何人もの人との永訣を経験してきたことか。 それを本人以外、ましてや私のような、未熟者が語るべきことではないですが、僕は葬式に出た後に見せる、先生の、あの寂しそうな微笑を何度も前にしてきております。 先生を通して知り合い、親しくしてくだすった方々は多く、その方々の葬式に、僕も招待して頂くことは少なくありませんでした。 そんなとき、先生は「一緒に行きませんか」といつも誘ってくだ
どうして自分は、すれ違いざまに傘を傾ける側の人間になったのだろう
何処までも青い空が頭上に広がっている。 私はただ息をしていて、 まるで馬鹿の一つ覚えみたいに おやすみの挨拶を繰り返していた。 それだけで救いの糸が眼前に現れるのであれば、 世界の何たる単純で残酷な構成だろう。 誰かに手を差し伸べましょうだとか 助け合っていきましょうだとか。 それでいて自分よりも下の存在を 認める事によって得られる安心感に いくつになっても浸っていて。 そこから抜け出す事のできない人間の在り方、 というのはやはり私にとって どうしようもなく不思議な事で
何処かで君とゆっくり話がしたい。 穏やかで生温い空気が漂い、時より涼しい風が吹くような場所で。緊張の糸が切れたように緩んだ表情で、私は君と向き合うのだ。 君は何を思うか。 君は私に何と言うか。 君は、私を抱きしめてくれるだろうか。 私が日々抱く思考の流れを君と共有することも提供することも出来ないし、ましてや理解してもらおうだなんてそんな烏滸がましいこと。 望まない。それは望んでいない。 君が笑って、丁寧に毎日を過ごしてくれているのならば。君が美味しいご飯でお腹を満たし、好
瞼をあげたときに映り込んだ、自分の手首から指先にかけての姿が、まるで映像の中の死体の一部のようだった。
僕は君のことをきっと理解できないし、おそらく君が僕に対しても同様だ。 そうだな。例えば、君は。 自分を取り巻く環境が「異常」であると、そう気づいたときの絶望感を、味わったことはあるか?
ぼたり、とコップの縁から紅茶が零れ落ちた。 その液体たちが床に浮かび上がらせる模様がぐわりと魅力的で、一枚の絵画のようにも自分の目には映る。 落ちた紅茶を拭かないと、と目線を上げコップを机に置き、ティッシュを掴んで押し付けるまでのたった数秒が、なんだかとても長く感じた。 水分が染み込んでいき徐々にふにゃけていくティッシュを片手に考える。 今自分が捉えた美しさを、あの心が動かされた感覚を、共有できる人が自分の家の中には居ないのだろう、と。 あまりにも自分勝手な押し付けで
あのどうにも拭いきれない夏の暑さが、ぼうっとした視界の中で ぼんやりと思考の線を巡らしていくようなあの感覚が、存外たまらなく愛おしかったりするのでしょう
ああすることでしか僕らの心の平穏は保たれなかったのです こうすることでしか僕らは生き永らえている身体に鞭打つことができなかったのです か細く綴るそんな言葉が君からすれば 酷く滑稽な踊りに映ったとしても 耐えがたく心底退屈な演奏に感じても 世界は裏切り者を許してはくれなかった
雨が降ったら街へ出かけにいきましょう 雪が降ったら野原でお茶を飲みましょう 雷が鳴ったら浜辺で戯れあいましょう 風が鳴ったら屋上に並んで思い出話をしたりなんかしちゃって そうする事で私たちはようやく気づくのです 虫籠の中のような日々の価値を がらくたのように積まれた卒業証書の輝きを そうする事で私たちはようやく気づくのでした あなたが眩い朝日に照らされながら 涙を流して私を見つめたあの時間が どれほどまでに美しかったことか
「嫌だ」「仕方のないこと」の押し問答 大人になるしかないんだよと言うと 「そんなことが大人になるというなら 僕は子どものままでいい」と 涙の膜をうっすら浮かべ、顔を歪めながらそう返した 彼の姿は、平常の大人っぽさなんてかけらもなくて 嗚呼なんて残酷なのだろうと世界を呪ったのだ
例えば、 ふと窓に目を向けたときに カーテンが太陽の光を遮る部分があったとして 単にカーテンの重なりか、それとも外に何かが、何者かがいるのか ぞわりとした一種の恐怖すら感じる 随分な妄想、想像力豊かというか 本当のところは、カーテンを開けるまで分からないじゃないですか
夢から醒めたとき、泣いてしまった。 きっと彼はもう二度と私の世界には現れないのだろう。手を、手を。どうしてせめて一歩分だけでも近づかなかったのか。彼は正しく私の味方だったんだ。救世主だったのだ。他の何よりも、彼の言葉が私を攫ってくれるのだろうと今になって気付いてしまった。 自分の身から溢れ出る涙、声を殺して吐き出される小さな嗚咽を、なんだか他人のもののように感じながら泣いた。 誰か私を攫ってほしいと嘆願しながら、その手を取らなかったのは私自身だった。なんて身勝手な人間な
部屋に張り付いた小さな窓を薄目でぼんやりと眺めていた。 あの窓だけが、この部屋で唯一規則正しく過ごしているのだろう。最も、夜中2時に押される電気のスイッチ、その光を吸収するベッド、いつも2時間のタイマーとともに寝床に冷たい風を送るべく動く扇風機も、不規則な生活リズムになっているのは全てこの部屋の支配人である、私のせいだ。 窓のカーテンの向こうから溢れ出る日の光を見つめながら、私は何をやっているのだろうと思考する。毎日ぼやりとふわふわした眠気とともに活動するなら、早く寝れば
3匹の捨て猫を拾ってくる話 どこにいるのかは定かではないが、昼間であるのだろうとは思う。自分の頭の中は拾ってきた子猫のことで埋め尽くされている。家に帰ったらとりあえず食べるものをあげなきゃ、あと病院に連れて行かないと。あれやこれやと考えを巡らせた。 日が暮れ始め、自分はいそいそと帰途につく。気づけば、病院なのかもどこかも分からない施設で右往左往しつつ何かを探していた。 動物を診てくれるところを見つけたかったのかもしれない。もうすぐ診察時間が終わってしまいそうだとか色々考