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日記

ここのところ天気の急変が多くてびくびくしてしまう。すごく暑い夏の年はこうなることが多い気がする。そして暮れゆく空の碧さがひときわ美しく感じられる。さいきんは涼しくなってきて、蚊にとても刺される。足首のあいているズボンを履くとぜったいにやられて、痒みの膨らみで皮膚がぼこぼこになる。このあいだは職場のベンチでiPhoneもいじらずに視線を宙に放りだしていたら指先をかまれた。そういった日記らしい日記を、きのうは書かなかったなとおもって書いている。
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「この一年どうやった?」
「楽しかった。——さんは?」
「うん、楽しかった。つぎの一年はどう過ごしますか?」
「健康第一ですな」
「健康(笑)」
「——さんは?」
「せやなあ……健、康?」
「おまえもかーい」
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書くことへの覚悟、のところで甘えたくない。だれも傷つかないことばなんてあるわけがなくて、だからこちらが責任のもとで書いていくんじゃないか。やりきるしかないんじゃないか。
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九月八日は結婚記念日だった。感染症が蔓延してのっぺりと凹凸のなかった二〇二〇年に、ひさしぶりに楽しいできごとがやってきた。モリタ屋のお肉は柔らかくて、伊勢丹から見える景色は綺麗で、よいいちにちだった。わたしはこのひとといっしょだから生きている、とおもう。職場のひとに夫婦という固定概念を振りかざされるほどに、そういったものが一切ない夫に至極救われていると感じる。喧嘩をしなくても親のごはんがたべたくなったら実家に帰るし、夫が飲み会で帰りが遅くなるならわたしはその時間映画を観にいく。おそらく、傍から見ればわたしたちのほうがおかしいのだろう。夫は任天堂のゲームさえあればゴキゲンで、わたしは文化的な生活ができれば満足で、いっしょに美味しいものをたべて面白く過ごせればそれでいい。
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田島列島さんの『水は海に向かって流れる』を読み終えた。〈私一人だけ怒ってた…〉と泣いた千紗の寂しさを、〈榊さんが怒ってたことはずっと俺がおぼえておくので大丈夫です〉と直達が受けとめたことにやられて、ぼろぼろ泣いた。怒りほど純粋な感情はないのにいなされてしまうのは、相手にとってはめんどうくさいからなのだろう。ひとが時が経てばしれっと幸せになっていく、罪悪感とか違和感とか、そういったややこしくなってしまったことを、いつまでも忘れないでおきたいとおもう。
(※榊さんの榊は木偏に神なのだけれど、iPhoneだと変換できないみたい。)
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「わたしはいま一万円以内でどのご本が買えるか計算しているよ」
「これおれのゲーム予算」
「えらい買うなあ。三万……金額表示で小数点出すなし、INT! INT!」
「INTは切り捨てやな?」
「そうか、切り上げのほうがいいんか」
「ううん、ROUND? ちゃうなあ、CEILING? おお、できたできた」
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きょうはこのあとラーメンをたべにいく。一乗寺まで美味しいラーメンをたべにいく。動くことができる範囲を探るように、すこしずつ遠出をする。〈海が見たい〉! 〈人を愛したい〉!

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