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日常の動きを瞑想化する1(興味がある人向け)

瞑想というと特別なもののように感じるがそうじゃない。
瞑想で得られる感覚は誰もが身近に経験している。

例えば忙しかった週の土日に、どこかへ遠出をする。
自然公園のベンチに座り、陽の光を浴びながら深呼吸をする。
何も考えずに、ただ今を心地よく感じる、あの感覚。
まあ言ってみれば、その程度のもので、神的な何かとかそういうものじゃない。

実際、瞑想にも色々と種類があって、例えばヴィパッサナーでは「実況中継」という方法がある(この名称が正式なのかは知らない)

「実況中継」がどんなものか、簡単に説明しておくと、
まず「コップを持つ」というような単純な行為を「手を伸ばす」「コップを掴む」「持ち上げる」など具体的な動き毎に分割する。
そして手を伸ばしている時には「伸ばす伸ばす伸ばす」と頭の中で繰り返し唱え、
掴んでいる時は「掴む掴む掴む」と反芻する。
これは単純だが、いざやってみると色々な気づきがある。
ただ、僕がここで伝えたいのは、この「実況中継」という行為をすることで「普段、無意識にやっている当たり前の動き」が瞑想になる、ということだ。

 つまり、わざわざ凝って尻に敷くクッションを買ったり、「宇宙の●●」みたいなBGMを聞く必要もない。むしろ何かが必要になるものは、瞑想の目的である「小事にこだわらない心」に反しているわけだから、僕はむしろ邪魔だと思っている。
 ちなみに家族と一緒に住んでいる人は家族の人間に「なんか最近瞑想してる」と思われることもないという意味でも「実況中継」は割と初心者にはオススメだと思う。


 ここから先は、おまけの話です。


 僕は基本的に、動物園の動物みたいな意識で生きている。別に檻に入っているわけではないが、基本的に家から出ないし、たまに買い物や運動で外に出たりする以外には何かしら家でやっている。
 仕事に関しては、完全在宅ワークで締め切りもない(正確には〆切を決める必要がないような速さで依頼をこなしているだけだ)ので基本的にのんびりやっている。
 だが他人が僕を見たら「常に仕事をしている、さもなければ寝ている人」のように見えるかもしれない。本当は金を生むための仕事をしている時間はあまりなくて基本的には自分のスキルアップなど将来仕事につなげるための何かをしている。今は良くてもこの先、仕事がなくなるかもしれないし、その時に頼れるのは自分のキャリアと腕だけだからだ。
 とまあ割と真面目に考えて動いているけれど、ただそれを他人から見ると、ずっと仕事をしているように見えるだろう。やっている事が一緒なのでしょうがない。
 確かに一日で色々としているが、きっと瞑想的な生活をしていないと、今の自分のスタイルを維持するのは難しいだろう。今の生活が義務や努力になった途端、できなくなるはずだ。
 この辺りは意思ではなくて、考え方の問題なのかもしれない。

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