三題噺 31 あそぼ

スゴい、頑張れ、勝ち負け

⚠︎ねいろ→あそぼ→こいよ
 彼と初めて会ったのは、幼稚園。
 ある日、うちのお母さんと、マナトのお母さんのお迎えが偶然重なって、一緒の方向に向かって自転車を漕いで「あれれ?」とお母さんと思っていると、マナトのお母さんが私の家の隣に自転車を停めた。
 そこでようやくマナトとマナトのお母さんも気付いて、お母さん同士で笑い合った。
 自転車から降りた私もマナトと笑い合った。

 その日からなんとなく意識して見てみると、マナトは幼稚園では大人しくて、誰かが誘わない限りは一人で本を読んでいる子だった。
 私はマナトを誘って色んな遊びをするようになった。
 フラフープや縄跳び、女の子遊びのおままごと。
 どんな遊びでも誘えばマナトは付いてきてくれた。
 「僕、誰かを誘うの苦手なんだ」
 ある日、そう言ってマナトは私に「ありがとう」と言った。
 実は寂しがりなのなも知れない。私は勝手にそう思い、より一層マナトを色んな遊びに誘うようになった。
 今日は六人で鬼ごっこをした。
 ジャンケンで負けたマナトが鬼になって、鬼ごっこ開始だ。
 十秒数えたマナトが駆け出した。私は園庭のジャングルジムの裏で様子を見ていた。
 マナトに追いかけられた男の子は必死に走っている。
 走る先には、年中の子が作った砂山があったけど、その子は気にもせず砂山を踏み潰して走った。
 「わわ、ごめんね」
 踏ん付けた男の子はそのまま走り去ったのに、マナトは立ち止まって、年中の子に謝ってから、再び走り出した。

 別の子を追いかけてあと少しで追い付く、その場面になって、逃げていた子が転けた。
 マナトが転けた子に歩み寄った。タッチするんだ。見ていた全員がそう思ったけど、マナトは一歩前で立ち止まり、後ろを向いて両手を目に当てた。
 不思議に思っていると「一.二.三」とマナトが数字を数え出した。
 
 転けた子は怪我もして無いし、泣いてもいなかった。
 タッチされないと分かると、その子は立ち上がって再び逃げ出した。
 マナトは十秒数え終わってから別の子を探して追いかけた。

 結局先生が呼びに来るまでマナトは誰にもタッチ出来なかった。
 他の男の子達に「お前弱いな」とか「もっと早く走れよー」とか言われて、困った様に笑っている。
 マナトは鬼ごっこには確かに負けたけど、何か別の所で誰よりも勝っている。
 上手く説明出来ないけど、私はそう感じた。

 秋になって運動会の季節がやって来た。
 先生がサイコロを持ってきてリレーの順番を決めると言った。
 年長組は二十四人いるから四組六人チームでリレーだ。
 私とマナトは同じチームになった。
 そしてリレーの順番は、私が五番目、マナトが最後だった。
 「えー、鬼ごっこ弱いマナトが最後じゃ負けちゃうよ」
 「せんせー、やりなおしたいです」
 「もう決まったからダメです。みんな頑張ってね」
 先生がそう言って、マナトがアンカーに決まった。
 
 運動会の当日、リレーが始まった。
 負けられない、マナトは確かに鬼ごっこが弱いけど、もっと違う所がカッコいいんだ。
 マナトが悪いように言われるのは嫌だ。だから負けたくない。
 私なりの負けたくない気合いを込めてスタート位置に立った。
 私の前を走った四人はみんな足が早い方だったから、一番に私にバトンが回って来た。
 コースは長丸型の半分。初めと終わりは真っ直ぐだけど、途中で左に曲がるように走らないと行けない。
 リレー練習でバランスを崩して転ける子が多かったから気を付けないと。
 受け取ったバトンを握りしめて私は走った。
 「アヤカちゃん頑張れー」
 最初に走り終わった子が待機場所から応援の声が届く。
 「急いで、ヨウタが来てる!」
 別の子の声も聞こえた。
 ヨウタは鬼ごっこの名人だ、どんなガタガタ道もあっという間に駆け抜けて行く。
 もちろんリレーも速い。でも乱暴者でこの前の鬼ごっこの時は、他の子が作った砂山を踏み潰しながら逃げていた。
 私は夢中で走ってコースの曲がっている所に来た。
 ヨウタのはぁはぁと言う息遣いが聞こえてきた。もう直ぐそこまで追い付かれている。
 負けられない。必死に足を前に前に動かして……転んでしまった。
 「あっ」
 走る前に気を付けなきゃって思ってたのに。
 転んだ拍子に落としてしまったバトンを蹴飛ばしながらヨウタが私を追い抜いた。
 私の後ろにいた子がどんどん私を追い抜いて行った。

 負けちゃった……私の所為でマナトがカッコ悪く言われる。
 「あーぁ」
 「走れよぉ」
 同じチームの子達の声が聞こえる。
 さっきまで一等賞間違いなしだったのに、‘ガンバレ’もう追い付けなくなったので、私に怒っているのだろう。
 当然それは、‘ガンバレ’最後に走るマナトも同じ様に見られてしまう。
 悔しい、悔しいよぉ。涙が溢れて来る。
 もう六歳なのに……
 そうだ、このまま俯いて終わらせちゃおう。“ガンバレ”そうすればマナトは悪く無くなる。
 「アヤカ頑張れ!」
 「え?」
 「あとちょっとだよ、こっち!」
 マナトがこっちを見て、スタートラインに右足を付けて、私の方に目一杯左足を伸ばし、左手をこっちに向けている。
 「頑張って!」
 「うん!」
 蹴飛ばされたバトンを拾ってマナトに向かって走った。
 涙が止まっていた。他の子の声は聞こえない。マナトの声がひたすら「頑張れ」を繰り返している。
 私がバトンをマナトに渡したときには、三番目のチームの子がゴールテープを切っていた。

 幼稚園最後の運動会が終わった。
 チームの子達は私とマナトがチームだったからリレーに負けたと意地悪な事を言って来た。
 私は何も言い返さなかった。マナトが私の手を繋いで私の一歩前に出て、意地悪を聞いていた。

 「ごめんねマナト」
 「うぅん、最後まで走ったアヤカカッコよかったよ」
 「カッコいい?」
 「あの状態から立って一生懸命走るなんて難しいのに、最後まで走るのエライと思う。」
 「でも負けちゃったよ」
 「負けてないよ」
 少し強い口調だった。
 「上手く言えないけど、アヤカは負けていない」
 上手く言えないけど、負けていない。
 当時の私にはよく分からない事だった。それは多分マナトも同じだったと思う。
 それでも、ただの慰めや誤魔化しでは無い別の何かがある事は何となく分かった。
 
 私には思いつけないなにか大切な部分が、立派だった。そう言いたかったのかも知れない。
 「アヤカはスゴい。
 一生懸命頑張って、悔しくても人のせいにしなくて、最後まで頑張ったアヤカはスゴい。
 最後が残念だったけど、それでも一生懸命頑張った。だからスゴい。」
 本当にたどたどしい説明だった。
 でも、一生懸命と頑張ったと言う言葉が強く私の印象に残った。
 鬼ごっこに弱いマナトだから言える特別な言葉だった。
 「うん、ありがとう」
 そう言って私はマナトをギュッてしていた。

 運動会が終わっても、私はマナトを誘って色んな遊びをした。
 運動会が終わってから前より少しだけ人とお話し出来るようになったマナトは、知らない内に別の子と遊ぶ事も増えていたけど、見つけたら私の方から混ぜてもらいに行った。
 登園やお迎えでお母さんがマナトのお母さんと同じ時間に来て、そのまま一緒になる事もよくあった。
 マナトのお母さんは、運動会の事を覚えていて「偉かったね」って言ってくれた。
 それからは、マナトのお母さんともお話しする事が少し増えた。

 幼稚園を卒園して、小学生になっても同じクラスだったから、休み時間はマナトと遊んだ。
 でも三年生くらいになってからマナトが私を少し避ける様になった。
 前まで男の子と女の子が一緒に遊んでたグループは、男の子と女の子が別々に遊ぶようになっていた。
 私は女の子の友達とお喋りしながらマナトをさり気なく見た。
 マナトは男の子の友達と遊ばず、一人で本を読んでいる時間が日に日に増えていった。
 そんなマナトを見るのが少し悲しかった。
 
 
 「お母さん、なんで男の子と女の子は別々に遊ぶようになるの?」
 ある日、私はお母さんにそう聞いた。
 私はマナトと遊びたいけど、マナトは私と居ると恥ずかしそうな顔をする。
 「それはね、男の子と女の子は、お友達とは少し違う関係になれるからよ」
 お母さんは少し考えたような顔をしてそう答えた。
 「違う関係?」
 「うーん、お父さんとお母さんみたいな感じかな。
 お友達とは少し違う、でも特別な関係。
 だけど男の子と女の子はその特別が恥ずかしいから、別々に遊ぶようになっちゃうの」
 「どうしたらまた男の子と一緒に遊べるようになるかな?」
 「マナト君のこと?」
 「……秘密」
 
 翌日、家に帰るとピアノ教室のチラシがテーブルに置かれていた。
 私はこれだ!と思った。
 早速お父さんにお願いしてピアノ教室に通わせて貰えるようになった。
 どこがどの音を出すのか分からないし、楽譜もうにゃうにゃしていて難しい。
 でも、私が特別に思う人は、多分、一生懸命頑張る人が好きなのだ。
 だから一生懸命頑張って少しずつ弾けるようになっていった。
 翌年には私の部屋にピアノを買ってもらった。
 今日、私は初めてこの部屋でピアノを弾く。曲は以前マナトが読んでいた本が映画化された時に流れた曲だ。
 上手く弾けるかな?マナトに聞こえるかな?聞えたとして、私に話しかけてくれるかな?
 色んな緊張を込めて私は鍵盤を叩いた。

 数日して、部屋の壁の向こうにずっと人の気配を感じるようになったけど、マナトは学校で話しかけてくれなかった。
 我慢出来なくなって私から声をかけたけど、その日をきっかけに、マナトと前よりも色んな話を出来る様になった。
 
 六年生の三学期
 私は仲のいい女子とお喋りをしていた。
 好きな人の話になってみんな、こんな人が好きだと言い合い、次は私の番になってしまった。私は既に特別な人がいる。
 でも、それを人に話すのはなぜか恥ずかしかった。
 だから「運動ができて明るい人が好きかな、元気な人といると、その元気を分けてもらって私も元気になれそうじゃない?」

 そう答えていた。
 途中でマナトが教室の前に居るのに気付いていたのに。
 だから翌日、マナトが一人で罰当番をしているのを見つけたとき、こう言った。
 「どんな事でも頑張れる、一生懸命な人が好き」
 だって、私はマナトの「一生懸命頑張った。だからスゴい」の言葉でマナトが好きになった。
 だからマナトにもそうであって欲しい。
 スポーツじゃ無くても良い。なんでも良いから頑張ってる姿を私に見せて欲しい。
 そしたら私もあの時のマナトが私にしてくれたみたいにこう言うんだ。

 「マナト頑張れ!」
 
 驚いた事にマナトは中学生になるとバスケットボール部に入部した。
 二年生の頃、三年生が引退するとスタメン入りも決まった。
 私がそう言える日も、もう近いかも知れない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?