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サックスの上達法⑵

さて、前回の続きから書かせて頂く。
前回は、サックスにおける具体化と抽象化について書いた。
今回は、実際にその抽象化を行うために必要な要素を説明していく。
盛り沢山な内容となっているはずだ。

「圧倒的な経験値」と「多角的な視点」

抽象化するためには、何が大きな要因となっているのかを見つける必要があり、それはとても難しい作業である。
それに必要なのは、
圧倒的な経験値」と「多角的な視点」だと思う。
圧倒的な経験の積み重ねがあるからこそ、自分自身に自然と力が宿ってくるし、
でもただ闇雲に吹けば良いというわけではなく、その力をより良いものにするために色んな角度から修正する必要がある。

よく言われる、イチローのバットの話と同じである。
・「毎日素振りを欠かさずやり続ける」ということ
・ただ素振りをするのではなく「色んなことを考えながら素振りをする」こと
この2つがかけ合わさってイチローができているのだと思う。サックス、楽器においても同じことである。

 まあ、そんなことはわかってるよ、という話だと思うが、この「圧倒的な経験値」と「多角的な視点」をさらに二つずつに分解してみたいと思う。
それが、
・「無目的的アウトプット」✖︎「目的的インプット
・「自己観察」✖︎「他者評価」である。
なにやら変な日本語を使って気持ち悪いと思うかもしれないが、一つずつ説明して行こう。

「無目的的アウトプット」

言葉の通りであるが、無目的、つまり目的を持たずにアウトプット、練習をする。
「え、」と思うかもしれない。
先ほど「色んなことを考えながら素振りをする」と言っておいてそれは矛盾するのではないかと言われそうだが、それはこの後の要素の話になる。
なぜ無目的でやるのか。
それは楽しいからである。正確に言えば「楽しくなってくるから」

例えば、何か目的を持ってやるとする。例えば「ただこの本番のためだけに頑張ろう」といった具合である。すると確かに目的には向かえるかもしれないが、その目的に縛られすぎてしまって、感情的に自由ではなくなってくる。
何かの本番のためだけに技術を磨くということになると、そこで必要ないと判断した技術を磨くことはなくなってしまう。それでは、その曲しかできない「限定的な演奏者」になってしまう。

勘違いして欲しくないのは、この「目的」は「目標」とは違う。
「目標」は目に見える経過点であって、「何のためにやる」という目的とは違う。だから「今日はタンギングを♩=132で16分で刻めるようにしよう」これは目標であるから、持っていていい。また、目標として「演奏会を成功させる」というのは全然ありである。
要するに、あまり目的に縛られすぎずに、「楽しめ」ということ
そして、無目的にやっている方が、始めあまり楽しくなくても意外と楽しくなってくる。最初はあまり乗り気でなかったとしても、それができるようになると楽しくなるフェーズを迎える。

サックス、楽器にとってここで一番大事なのは「」だと思う。圧倒的「量」だ。
「質」も勿論大事だが、コツが掴めて楽しくなってくるフェーズに入るまで、まだ「質」を求めすぎてはいけない。その圧倒的「量」が、体へ染みつくような楽器の実力に変わってくる。
とにかく量をこなしてみる、まずはこれが大事だと思う。量といっても1日でやる量だけでなく、継続性、習慣も大事になってくる。自分が習慣的に練習できる仕組みを作ることも重要である。
これが「無目的的アウトプット

「目的的インプット」

そして次に目的的インプット。先ほどの無目的とは真逆となる。
これは、イメージ作りに関することである。
音楽という抽象的なことをやるにあたって、無目的に、具体である奏法などを身につけながら、同時に必要になるのが、どんなものを作りたいのかというイメージである。
これは無作為に聞くのも勿論いいが、色々聞いてみた上で、「こんな音を出したい」と思ったらそれに近い音を出すために、とにかくその演奏者の演奏を聴きまくることも重要である。 

そういう意味ではここも「」が必要だと思う。強くイメージが刻みつけられるまで聞いてみる。そうすることで、無目的的アウトプットで鍛えた奏法が生きてくる。
また、どのような練習が必要かというのも明確になるため、相互作用を生んでいく。(ただ、目指す音色に近付いたら、聞く音楽の範囲を広げることで、より柔軟性が出てくる。)

「自己観察」

「研究」と「勉強」について
ここで「研究」と「勉強」の違いについて述べたい。
研究とは、自分自身で教科書を作る作業。勉強とは教科書を読む作業である。
つまり研究とは、先行研究をもとにしながら、自分で実験して、観察して、研究成果をまとめる。
対して勉強とは、他者の成果をインプットする作業である。
何事においてもこの「研究」と「勉強」のサイクルを回していくことが重要だ。
今回ここでは「自己観察」が「研究」、「他者評価」が「勉強」を指している。
では話を戻そう。

「自己観察」とは
自己観察というのは、研究の作業、つまり、サックスを吹きながら実験し吹いている自分を見つめ(観察し)分析して修正、そして研究成果を記述するという作業である。これは非常に大事である。
なぜなら、自分の体の使い方は結局は自分にしかわからないからである。
そうして自分だけの教科書を、自分の手で作り上げることが重要なのである。
それでは各作業工程に分けて見てみよう。抽象的なことしか書いていないので、後ほど具体例を記す。

実験
 要するに、色々試してみるということである。
「舌の角度」「舌のポジション」「重心の位置」「息のスピード」「ブレスの深さ」など、様々な要素、条件を変化させてみる。するとどういう音が出るのか、試してみるのである。勿論先行研究(教則本や動画、レッスン)にこうすると良い、というのはあるかもしれないが、結局自分の体の感覚は自分にしかわからない、だからこそ、実験をしてみるのである。

観察
これは、あくまで観察であって、修正ではない
というのは、吹いている自分のありのままの状態をただ観察するだけで、何かその状態をいじることではないのだ。
吹いている時、自分の今の「喉の状態」「お腹の支え」「息の通り」「体のどの部分に力が入っていて、どの部分の力が抜けているのか」などの状態を観察するのである。

分析・修正・記述
その観察を踏まえて、何が変化したかを分析する。音色・音程・音量・スピード感など、どの要素が変化したのか分析する。そしてそれを記録しておくことは重要であると思われる。そうやってまた日が経って忘れた頃にノートを振り返って、ああこれだった、と思い出して再現するのだ。
奏法の何の要素を変化させるとどうなるのか、これを知っておくことで、抽象的なイメージを具現化する際にとても役に立つ。
そして、上手くいかなければ、変化させる度合いをもっと極端にしたり、別の要素を変化させてみる。それを繰り返して、自分なりの柔軟なテクニックを獲得していくことが可能となる。

 このステップを回していくのが自己観察であり、言わば自分でPDCAサイクルを回していくということと同義である。この作業はとても大切である。

「他者評価」

他者評価について
他者評価とは、先述の「研究」と「勉強」を比較した際の、「勉強」にあたるものだが、これは2パターンあると思っている。
他人からのフィードバック」と「本や動画などからの学び」である。
自分自身の演奏に対する直接的なフィードバックと、不特定多数の奏者に向けて発信している理論では、自分に対してどれくらいそれが適切なのかも違うし、また自分が求めているものがピンポイントで見つかるかどうかも違ってくる。

他人からのフィードバックについて
これは、誰かプロの先生からのフィードバックも勿論これにあたり、また吹奏楽部の部員などからのフィードバックもこれにあたる。つまり、他者からの客観的な視点で自分の演奏を捉えるということである。これは非常に重要である。重要な理由としては、「自分にない視点」ということと、「自分の過剰反応をストップする」という2点がある。

まず重要なのは、自分にない観点でフィードバックをもらえることである。
ジョハリの窓というのを聞いたことがあるだろうか。
自分も他人も知っている領域「開放の窓」、自分は知っているが他人は気づいていない領域「秘密の窓」、他人は知っているが自分は気づいていない領域「盲点の窓」、自分も他人も気づいていない領域「未知の窓」。世の中にはこの4つの窓がある。
その中で、「盲点の窓」を開けるのに必要なのが他人からのフィードバックである。
自分が気づいていない視点で自分の演奏を見てもらうことで「そんな視点があったのか」と視点が広がる。これが自己観察する際に捉える要素を増やしてくれることにつながり、自分の演奏を改善するための、抽象化された本質的な原因を捉えることに繋がる。

そしてもう一つ重要なのが、自分の過剰反応をストップする、ということ。
誰しも自分の音に対して、それがいつも聞いている音なだけに、とても敏感かつ繊細になっている。だからこそ、ちょっとした音色の変化などがすごく気になってしまい、演奏に消極的になることが多々ある。
だが、他人が客観的に聞くと、本人が気にしているほど酷い音色ではなかったりする。むしろ消極的になることで息が入っておらず、どんどん音色が悪くなって自分を閉ざしてしまい、変化する可能性を潰してしまっていたりする
それは非常に勿体無いことである。だが同時に、とても陥りやすいパターンであり、上達すればするほどこの傾向は強くなっていく。
自分の演奏が上達し、それによって耳が鍛えられて、更に自分の音に対して敏感になるからである。自己観察して突っ走っていくのを抑えてくれる大事な作業となる。

本や動画からの学び
これは「The Sax」のような雑誌や「サクソフォーン演奏技法」のような教則本でも、Youtube動画でもなんでも良い。
そのような一般向けの、開かれた情報である。ここにも多くの本質的な原因を見つける鍵がたくさん落ちている。
このような教材のいいところは、「時間と場所を選ばない」ところ、そして「普遍的な価値を持つものが多い」ところにある。

時間と場所を選ばないのは説明する必要がないだろう。
普遍的な価値とは何か。
サックスを吹く上での原則、どの人にもよく当てはまる法則のようなものである。
一般向けに公開されるような物であるからして、経験の蓄積から紡がれた言葉や表現であることが多い。とても本質的で、有用な情報が多い。
ただ、自分一人に向けて提供されたものではないため、自分に当てはまらない情報もある。
また、人それぞれ骨格が違うので、その人自身の感覚と自分の感覚は往々にして違うことが少なくない。
そのような情報の解釈の仕方はとても重要である。また、言語化された情報は、1側面しか捉えていないことが多いため、注意が必要である。
これは他人からのフィードバックについても同様のことが言える。

鍛錬の具体例


以上のような4つを掛け合わせて鍛錬を積むことで、楽器が上達していき、また「具体化」「抽象化」が出来るようになっていくと思われる。
抽象的な理論ばかりになってしまったので、最後に、自分で実践した具体例を記しておく。

無目的的アウトプット→
・中高時代の朝練
基礎練習 スケール全調(アーティキュレーション変化させて) インターバル3度全調 音色感の統一と指と息の独立を意識しながら テンポ徐々に上げていき♩=132の中で16分音符で
・「ソノリテについて」
 p.6,7 音色の安定と息の持続感を意識しながら とにかくこなす
p15 アタックや切りの質と音が最小の時間に最大の生命を持つことを意識しながら


・好きな曲、フレーズを自分の歌いたいように吹いてみる。
・ジャズのアドリブを真似して吹いてみる。なんかめっちゃ細かい連符があってもそれも再現する。

目的的インプット→
・マルセル・ミュールのCrestonのSonataを100回聴く。


・他の楽器のソロ奏者の音をめっちゃ聞く。チェロのイメージをバリサクに活かす。



自己観察→
・「高音の音色を改善しよう」→響かせる場所を変えてみる(顔・鼻腔・頭蓋骨)→どうだったか分析、録音したのを聞く→ダメだなと思えば他の要素(舌のポジションなど)を変えてみる、上手くいけばノートに書き記す。

他者評価→
・先生からのフィードバック、先輩・後輩からのフィードバック(俺の今の音色どう?と聞く)
・フルートの教本(「ソノリテについて」「トレヴァー・ワイ」)、名著とされてる本


・「サクソフォーン演奏技法」

まとめ

無目的的に練習をこなし、目的を持ってイメージを作り、
自分を観察して検証しながら、周りからのフィードバックも取り入れる、
この4つの要素を組み合わせて、圧倒的な経験値を積み上げつつ、色んな視点を持ち合わせていくことが可能となる。
でも、これは鍛錬の仕方であって、実際に練習に向かう心構えも必要である。
次回は、その心構えの作り方を話しながら、感性と論理について書いていく。

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