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急須の誘い

今日は銀座でお買い物

そう思うと浮き足立って出掛けてしまう
実はインスタグラムにて、お茶にお詳しい方が急須の催事をご案内して下さっていて、私は百貨店へと脚を運ぼうと企てていた

数寄屋橋交差点で信号待ちをしていると、パッと眼が合う方が…
何処かでお見掛けしたような…?
ペコリと其の方が為さるので、私も釣られて会釈をした
すると…スラリとしたお身体が此方に近付いて来て、
『その節はお越し下さり有難う御座いました』
と、実直で良く通る、けれど、男らしいお声で謝辞を述べられる
「?……!!」
『あぁ…!』
と驚きと共に私は失礼ながら、漸(ようや)く、其の方が以前伺ったお店の店員さんだと気付く
『お気付きに為っていらっしゃらなかったんですね』
マスクで隠しきれない薄ら笑いを浮かべながら、店員さんは仰る
「どうして、お気付きに為ったのかしら…?以前と装いが異なるはずなのに…」
そう、私が考え倦(あぐ)ねいて居ると
『マスクで判ったんですよ』
と店員さんが仰った
「あぁ…!」
と私は声を上げずに眼を開いた
そう、私のマスクは街行く人が眼を見張る程の変わった絵柄のマスクを装着していたのです…
「そうだわ、アノお店に行く際に付けてしまっていたわ!」
と私は自身満々に眼を細めた
再び、店員さんが雄々しく通るお声で
『まぁ、それだけじゃ、ないんですけどね!』
と、盛大にマスク越しに笑みを溢された
「あっ!」
私は閃き
『此(この)、バッグでございましょう!』
と、得意げに私は言ってのけた
すると、店員さんは和(にこや)かに笑いを堪える形で
『お買い物ですか?』
と、お切り替え為さった
『ええ、百貨店へ伺おと!急須の催事が行われて居るようでして』
『其れは興味深いですね、ご一緒しても宜しいですか?』
「えっ!…」『ええ、構いませんわ』
『おっと、信号変わっておりましたね、では、行きましょうか!』
そう颯爽と仰りながら、長くスラッとした腕を伸ばされると反対側の不二家が在る方へとヒラリと手を翻した
『あぁっ!そうですわね』
歩くのが遅い私は慌てて渡る
「何かお話しなくては…」
私は焦って
『お茶にご興味がおありでして?』
と、右側に居らっしゃる店員さんに上を向きながら無難な話を振る
同時に会話が出来た事に安堵をし嬉々とした
『まぁ、そうですね』
此方(こちら)をチラリとも拝見せずに店員さんは無愛想に仰るとサッと私の肩を寄せる
『あっ!有難う御座います』
そう、前を見ていなかった私が人に打つかりそうに為ったのを店員さんは助けて下さて居た
恥ずかしさで一杯の私は、和光の前で信号待ちの際に店員さんが先程の質問にお応えして下さって居ても、お顔を見ることが叶わなかった
信号が青に成り、私は急々と渡るも、余裕で右横を店員さんは歩まれる
余計に恥ずかしく成りながらも、私達は百貨店に付くと、催事場、七階に向う
『七階なのですが、エスカレーターが宜しいでしょうか?』
『お任せします』
「う〜ん…」
私は一瞬悩んで、エスカレーターへ
そう、密も気になるけれどエレベーターだと会話が気まづいからもあった
でも、エスカレーターは…私の後ろに着かれる店員さんへ嫌な気持ちもあったけれど、バッグでなんとかやり過ごせばと、変な気を回して居た

『何処かしら…』
『ああ、彼方(あちら)じゃないですか?』
お背の高い店員さんがヒラリと掌を舞わせる
手の先には、確りと物珍しい急須が置かれて居た
が、こんなご時世なのにも関わらず、矢張り人気なお品物だけあって、催事期間が終了間際の本日では殆ど売り切れており…
拘りの塗装やティーポットタイプは一点のみ
何よりも、予想よりお高いお品物で在った
「予算を超えている上に、ドレも素敵!だけれど…コレ!と言うのが無い…どうしましょう?」
『私は此を買おうかなと思います』
と、先程、私が手にして魅入られているかな?と思った急須を店員さんは繊細な指の間に収められていた
「無理して買うなら、其れをと思ったのに…」
私は悔しさと恨めしさと不甲斐なさに見舞われる
『では、お会計して参りますね』
そう、仰ると店員さんのお姿は遠くへ

私は何か買わないと…と真剣に悩んでいると右斜め上から
『宜しければ、此急須でお茶を飲みませんか?』
と言葉が降ってきた
誰かしらと思ったら、其れは店員さんだった


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