不審者が現れ絡まれないよう回避した事により怖い目にあった話

大学で世話をしている猫を愛でに、猫がいつもいる茂みに足を運んだ。

普段は息を吐き唇を振動させ高音を発するとすぐさま姿を現すのだが、その日は茂みの奥で動く気配はあれど一向に出て来なかった。

嫌な予感が走り、病などで動けぬ可能性を考慮し、私は猫を驚かせぬように高音を発する合間に「今からそっちへ行くよ」「可愛いね」などと声をかけながら、茂みをそっとかき分けた。
すると、猫ではなく怯えた目をした用務員のオヤジが草間から現れた。

普段猫の世話をしているオヤジであった。 私は息で唇を揺らし「プルルルル」などと奇怪な音を発しながら徐々に距離を詰める不気味な存在となった。
病的なのは猫ではなく、むしろ私の方であった。
警戒し身を潜めやり過ごそうとしていたオヤジからすれば、「今からそっちへ行くよ」という先の発言は絶望の宣告であった事だろう。

更に「可愛いねえ」などと、声掛けをしてしまっていた為に、このままではプルプルと妙な音を発しながら見ず知らずのオヤジを愛でに来た気持ちの悪い者として認知されてしまう。
誤解を解かねば今後用務員のオヤジ達に常に警戒される日々が約束される事だろう。
私はいかにも冗談らしく「猫と間違えたんです」と、最後に照れ笑いを添えつつ伝えようと口を開いた。

「間違えたゲス、へけぇっ!」

すぐ敵に寝返るタイプの卑屈なハム太郎の様になってしまった。
背後から仲間の後頭部をヒマワリの種などで殴打した際に発していそうなセリフとなった。

オヤジの顔色が先程よりも若干悪くなっているような気がする。
私は何を血迷ったのか
「おじさんも可愛いですよ」
などと、更に謎のフォローを入れた為、よりオヤジを愛でる者としてその存在を知らしめる事となってしまった。

私とオヤジの間の心の溝は深まるばかりである。
ふと、私はオヤジの背後にいつもの猫がいる事に気がついた。
私は、せめて話題を逸らすべく
「可愛いですよね。自分も見かけたら毎回撫でています」
などと、オヤジに言葉をかけたが、言い終わると同時にそれは猫ではなく猫の糞を片付けた袋である事に気がついた。
奇声を発し、オヤジを愛で、猫の糞を見るや否や撫で回す相当危険な人物像が完成した。
もはや怪しい薬物をやっていると宣言してくれた方がこの狂った状況に納得が得られる程の奇言奇行の数々であった。

私に残された誤解を招かぬ言葉は、もはや
「……すみません……」
だけであった。
私はせめてもの詫びの意から「片付けます」と袋を猫用のゴミ箱へ持って行く事を請け負おった。
袋がこちらへ手渡される際、オヤジの手に一瞬力が入ったところを見ると、オヤジの脳裏に1割程は「コイツ、本気で撫でる気だ」と嫌な予感が過った可能性が高い。

ふと後ろを振り向くと、怯えさせたオヤジの他に、私と仲の良い清掃員のオヤジ「万次郎さん」が真顔で立っていた。
見ているのならば助けてくれれば良いものを静かに一部始終を見守っていた。
そして、誰もいないと思っていたところに、わりと近距離に突然真顔の万次郎さんが現れた事により、思わず手に力が入り袋は割れ、辺り一体に破裂音を響かせた。

何もかもが裏目に出てしまった。
何故こうも怒涛のように連鎖するのだろうか。
だが私は強く生きている。


【追記】
用務員のオヤジは、しばらくは私を見る目が笑っていた。
何となく、おもむろに近づき話かけると背を向け
「ごめん、本当ごめんね。パァンッてなったの思い出しちゃって……」
と、肩を震わせていた。
因みに相当ツボに入りやすい体質なのか、オヤジは万次郎さんを見ても似た様な事になっていた。
万次郎さんは悪いオヤジなので、分かっていて敢えて用務員のオヤジを見つけると、静かに近づき気が付かれるまで背後に潜んでいた。
急に真顔で視界に入るので大変驚くが、遠巻きに見ている分には非常に面白かった。


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