塩飴の理由3

ふと思い返す。今一度訪れた砂ぼこりとタンブルウィードが転がる荒野で。その頃にはないまぜになった想いも気持ちも、小さな飴玉のような結晶になっているだろう。
飴玉を太陽にかざすと複雑に屈折した亀裂まみれの影を落とす。
捨てるのか、飲み込むのか、保留したまま馬車は進む。
これはきっとしょっぱい。そんな気がする。


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