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【特集】現実とバーチャル空間を架橋するchlomaが見据える過去、現在、未来(前編)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を契機に、バーチャルファッションへの注目が高まっている。特に「あつまれ どうぶつの森」でのハイブランドの参入は大きな話題となった。しかしながら、この状況以前から先駆的にバーチャル空間に焦点を当ててきた日本のブランドがある。

今回紹介する「chloma(クロマ)」は、鈴木淳哉と佐久間麗子によるファッションレーベル。chlomaを牽引し、バーチャルとファッションを融合する試みを行ってきた鈴木淳哉さんに、現在のバーチャルファッションの潮流についてインタビューを行った。

鈴木淳哉 chloma 主宰/デザイナー
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chloma
モニターの中の世界とリアルの世界を境なく歩く現代人のための環境と衣服を提案する、鈴木淳哉と佐久間麗子によるファッションレーベル。2011年設立。定期的なコレクション発表のほか、コラボレーションプロジェクトにも積極的に取り組んでいる。
CHLOMA + VIRTUALSELF Fashion Collection (2020年)
VRoid WEAR × chloma (2019年)
chloma x STYLY HMD collection(2017年) 等。
最新コレクション”CELLULAR”ウェブサイト
chloma公式ウェブストア

バーチャルとリアルをファッションで行き来する試み

ーーまずは、chlomaというブランドについて教えてください。

chlomaは「リアルと画面の中の世界を境なく生きる現代人のためのファッションブランド」というコンセプトを9年前の設立当初より掲げ、ファッションブランドとして活動をしてきました。現代のファッションは情報と物質が複雑に混ざり合って成立していると捉えています。インターネットの発展に伴って、ますます情報に浸るようになる人類の未来を見据えたコンセプトです。9年前では抽象的にしか伝えることができませんでしたが、今ではバーチャル空間でファッションを楽しむ事が難しくない時代となり、コンセプトを理解していただきやすくなりました。

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chloma 2020 collection “CELLULAR” 特設サイトより

僕は幼少の頃より、漫画・アニメ・ゲームからたくさんの美的感覚を吸収して育ちました。高校生の頃に脱オタク。その後ファッションに深く興味を持つようになり、古着、ストリート、ハイファッション等から様々なスタイルを学びました。服飾専門学校に在籍中、優れた作品制作のためには己の感性の長所を探して磨き上げるしかないと思い、幼少時に偏執的なまでに好きだった漫画・アニメ・ゲーム作品から着想を得た作品を作るようになりました。

それからは、再びリアルタイムでアニメ作品を見るようになり、インターネットを通して付随する文化も見るようになりました。インターネットでは非常にたくさんのイラストレーターがキャラクターをかわいく、おしゃれに、格好よく描こうと、しのぎを削っていました。日本には漫画・アニメ・ゲーム文化を礎として、人間の姿を描く高度な表現が日々大勢の方によってされていることに驚愕しました。その一方で、疑問に思うことがありました。「なぜ日本ではこのように豊かな人間のビジュアルや性の表現、世界観の表現が発達しているのに、それが現実のファッションにあまり反映されていない、活かされていないのだろう?」と。

僕の価値観も同じ文化を礎に形成されています。そこでchlomaをはじめるにあたり、日本人が自分たちの価値観に自信を持って世界と対話できるようなブランドにしたいと思い、色濃く日本の文化的背景を反映したクリエーションを、世界の流れと融合させることをブランドの大きな目標に設定しました。そのようなスタンスで活動してきた結果、世界的な音楽プロデューサーであるPorter Robinson氏からお声がけいただき、彼の別名義プロジェクト「Virtual Self」とのコラボコレクションを発表するにまで至ることができました。

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CHLOMA + VIRTUAL SELF Fashion Collection ‘Human Error:LAMENT’

ーーアニメ的な表現を取り入れるだけではなく、そこでの表現の多様性に着目しているのが面白いですね。アニメキャラに自己像を投影するということは昔から考えていたのですか?

そうですね。僕は小さい頃ゲーム等に登場するキャラクターに対して実際の人間に感じる以上の愛着を持ったり、魂のようなものを見出していました。そこで表現されている世界に憧れもあったし、自分の知っているリアルの世界と比べてイマジネーション豊かで鮮やかに映りました。そしてなにより、おおよそ全てのキャラクターは存在する意義を持っています。学生の時、何者でもなかった自分にとってはそれがとても羨ましく感じました。キャラクターはその世界の中での明確な輪郭を持っているのに対して、なぜ自分の輪郭はこんなにも定まらず曖昧なのだろう、と。キャラクターの持つ固有性への憧れが、僕がファッションに傾倒した理由なのかもしれません。人間の自己イメージは水のように不定形で曖昧なもので、ファッションは暫定的であれ人格の輪郭を獲得することのできる器だと今では考えています。

このようなファッションの捉え方をしているので、アバターを用いたバーチャルでのファッションの取り組みは自分にとっては、とても自然なことなんです。

ーー最初にバーチャルでの制作を始めたのはいつでしょうか?

VR、AR含めて最初に始めたのは、2016年のPsychic VR Labさんとの取り組みですね。ファッション向けVRショッピングプラットフォームを目指していた「STYLY」の最初のコラボレーション相手としてchlomaに声をかけていただきました。それからは何度もSTYLYのVRやMicrosoft HoloLensを使ったMRのプロジェクトを発表させていただきました。

STYLYとの取り組みは、VR/AR/MRを通してファッションを閲覧してもらうことが主軸となっていました。アバターが「着る」ためのものとして服の3Dモデルを捉えはじめたのは2019年の「VRoid WEAR × chloma」のコラボレーションがきっかけです。chlomaのY2Kアノラックという服と同デザインの服をアバター用に製作し、販売をしました。アバター用の服のみの購入も可能ですが、リアルのY2Kアノラックを購入するとアバター用の服のダウンロードカードが付属し、リアルとバーチャルで同じ服を着ることができるというプロジェクトです。

このプロジェクト以降は、chloma公式のウェブストアではリアルの衣服と並んでアバターのための衣服が販売されています。

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chloma x STYLY HMD collection 、Microsoft HoloLensによるMR(Mixed Reality)を用いたファッションのショッピングシステムの実施。

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VRoid WEAR × chloma 

ブランド体験をリアルに感じるバーチャルストア

ーー今回、ソーシャルVRアプリ「VRchat」内にバーチャルストアを開設されましたね。この取り組みを始めようと思った経緯を教えてください。

きっかけはバーチャルマーケット3を体験したことでした。バーチャルマーケットはPhio氏がオーガナイズするVR空間(VRChat等)で行われる展示即売会で、その名称に現れているように、コミックマーケットのようなイベントをVR空間で展開しようというプロジェクトです。コミケでは同人誌が主な頒布物ですが、バーチャルマーケットでは3Dアバターやアバターの装飾品がメインの展示/販売物となっています。

自身の装い、つまりファッションのためのアイテムがVRでの即売会での目玉となっているというのは、僕にとっては非常に嬉しい事で、一刻も早くこの世界に飛び込まなければならないなと。また、ファッション業界にとってもファッションの役割や価値を拡張する、またとないチャンスだと思いました。chlomaが先陣を切って取り組むことで、他のブランドやファッション界の人たちがVRでのファッションの展開に参加しやすい土壌を作りたいと思いました。

バーチャルマーケットで体験した、友人と共に店を巡り服を手にとって体に乗せ、新しい自分の姿に出会う楽しさは現実の体験と遜色ない充実感がありました。まだVRの環境を持っている人が少ないだけで、もし誰でもできるようになれば誰にとっても楽しく、生活にとって欠かせないものになると確信し、chlomaのバーチャル空間での展開に本腰入れて取り組むことにしました。ブランドのレギュラーの仕事もあるので時間がかかってしまいましたが、バーチャルYouTuberであるキヌさんの多大なご協力により、2020年5月22日についにchlomaのバーチャルストアをVRChat内にオープンすることができました。

バーチャルストアにはchlomaの最新コレクション”CELLULAR”のほぼ全てのアイテムが並び、アバターの身体を使って試着体験をすることができます。

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バーチャルストア内でのデザイナー鈴木本人による自撮り
chloma Virtual Store “Living IN A Bubble”内観

ーー拝見してみて、リアルな店舗体験と遜色ないように意識をしている部分と、バーチャルならではの体験ができる部分があったのが印象的でした。こだわったところはどんなところでしょうか?

まず、ブランドを深く体感してもらうために、空間の居心地に強くこだわりました。バーチャルの服に着心地はありませんが、その一方で空間にこそ着心地というか、空気が肌に触れるような感覚があると思っています。ストア空間の着心地が、リアルでchlomaの服を着たときのような心地に近いものになるように意識をしました。その感覚をクリアにするために過剰に思われる要素は精査の上で取り除き、形、広さ、密度、色彩、身体及び意識の導線、インテリアデザイン、そしてキヌさんの作曲による店内BGMなどを繰り返し検証、修正し、服を試着してもらうだけではなく無意識下でブランドの意識を総合的に体験してもらうことを目指しました。

私たちがファッションを体験する際には、洋服という物体だけを楽しんでいるだけでは決してなくて、それにまつわる様々なメタデータを脳内で結合して楽しんでいる。それらのデータが、ある美意識でキュレーションして提示され、それに触れることがブランド体験だとすれば、リアルな物があることはブランド体験のための必須条件ではありません。バーチャルで提示されたものであっても、その体験は実質的になりうるんです。

もうひとつ強くこだわったのは「バーチャル試着」の方法です。オンラインで服を購入する比率が年々高まる中、バーチャル試着の手法の開発はファッション界全体の命題だと僕は捉えています。その命題に対する、今のchlomaができる最大限のアンサーをこのストアで提示したいと思いました。

服の3Dモデルは着用時の形状で作られており、またS、M、Lの3つのサイズから自分のアバターに合った3Dモデルを選ぶ事ができます。この2点によって、服の3Dモデルをアバターに重ねることにより「着ている」ように見える状況を作り出す事ができます。このような工夫は今までのバーチャルを使った服の展示では前例がありません。些細な工夫ではありますが、より豊かなバーチャル試着を実現したいという、ファッションデザイナーとしての僕の意地のクリエーションです。この機能によって、たくさんの方に自分事としてchlomaの服の試着を楽しんでいただくことができました。

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メディアアーティスト坪倉輝明氏のリアルアバターを使用しての試着の様子

ーー実際に公開してみて、どういった方が来店されたんですか?

ほぼ、もともとVRChatのユーザーだった方だと思うのですが、そのうち9割はchlomaに馴染みのない方や実際に洋服を手に取ってみたことがない方で、1割はすでにchlomaの洋服を持っていたり、着たことがあるような方でした。

また、音楽系を主としてクリエイターの方々の来訪がとても多かったです。アバターを見るとかわいらしい女の子やキャラクターの姿なのだけれど、中身は洗練された音楽やデザインを産み出すクリエイターだったりすることはVRChatでは日常茶飯事です。そのような方々の間でコミュニティが形成され、日々新しい表現が実践されている環境が今のVRChatにはあります。

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ーーバーチャル展示会の目的は、リアルなファッションの販売よりは、バーチャルだけのショップの成立を目指していらっしゃるのですか?

コンセプトでも宣言しているように、リアルとバーチャルの境界をまたいだブランドでありたいと思っているので「バーチャルだけで成立する」ということは特には目指していません。しかし、アバター用の衣服の販売だけである程度のビジネスを成立させるのは、長期的な目標としてあります。これはchlomaのためにというよりは、ファッション及びファッション界の可能性の拡張のため。

リアルブランドのデザインのデジタルコンテンツ販売が一般化するのは僕の大きな夢です。例えば大好きなブランドの10万円のドレスを買ったけど着れる日は年に数回しか無かったみたいなことは結構あると思います。着る時間だけがその服が価値を発揮する時間だとは思わないけれど、でももしも、寝る前に布団の中で、もうひとつの自分にそのドレスを着せ世界を飛びまわれたらどんなにいいだろうか。

男性が華やかなレディス服を着ることは現実では簡単ではないけれど、もうひとつの自分であればそれを購入し、装い、楽しむことだってできます。バーチャルでのファッションは、今までのファッションではどうしても越えられなかった壁を軽々と飛び越えることができます。僕はそのような新しいファッションの楽しみ方が溢れる未来を見てみたい。そして、リアルのファッションの流儀/流行とバーチャルのファッションの流儀/流行が影響し合って弾き出される新時代の人間の姿を見てみたい。もしchlomaがバーチャルでのファッションでビジネスを成立させたという前例を作ることができたら、その未来に大きく近づけるような気がするんです。

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後半では、バーチャルファッションの展望についてさらにお話を伺っていきます。お楽しみに!

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