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観客席は選手の関係者ばかり?

と感じることが多かったのでTwitterでアンケートをとりました。

両方好きな人、多いですね。
私も好きか嫌いかならさすがに好きですが実は「観る」のはそんなに好きではありません。
「する」の好きな度合いを100とすると「観る」は3くらいでしょうか。

私自身は競技をやめて知ってる人もいなくなってしまったら足を運んでまでは試合は観なくなる気がします。

「観る」だけが好きな人の割合は少ないので、私と同じく競技をやめたら試合を観なくなるという人も多いのではないかと想像してます(やめたら「する」のが嫌いになるわけでもないですが)。

陸上競技は「競技」そのものは観てそんなにおもしろいものではないのではないかというのが正直なところです。

多くの人に観戦に興味を持ってもらう方法として「記録のすごさ」や「選手の個性」を知ってもらうことが考えられますが、これらは「競技」そのもののおもしろに味付けするトッピングのようなもので、トッピングのない白ご飯がそもそも美味しくない限りは「競技の観戦が面白い」と私は断言できないです。

陸上競技は身体能力を競う競技である以上「記録のすごさ」を観て楽しむことは「競技」そのものの魅力とも言えそうですが何か違う気もします。

怪物じみた「記録のすごさ」だけが観戦の楽しみだとするとサーカスの楽しさと同じになってしまわないでしょうか。同じでないなら独特の魅力が他にあるはず。

高校野球とプロ野球のいずれが人気かは一概に言えないことからレベルの高低も競技の面白さに比例するわけではなさそうです。

陸上競技でも、同じくらい高いレベルの記録が出たとしても種目によって注目度が変わってしまうのは競技そのものの面白さが確かに存在することを表しているように見えます。

「選手の個性」も知ると確かに観たくなることはありますが、それは陸上競技に限った話ではないので、やはり「競技」そのものの面白さを訴求するものではないと思います。

好きな人が出てればじゃんけん大会でも観るかもしれません。

それでもまずは興味を持って試合会場に足を運んでもらうために「選手の個性」を知ってもらう。

わかります。

しかし、そうして見にきてくれた人が「競技」そのものに面白さを感じてくれない限りはその人が固定客になる可能性は低そうです。
「とりあえず来てくれさえすれば面白さはわかるはず!」は楽観的すぎるのではないでしょうか。好きな人が引退してしまえば私はじゃんけん大会は多分もう見に行きません。

「きっかけづくり」と「競技そのものを面白く見せる工夫」はどこかでわけて考える必要があるということでしょうか。

でも「競技そのものを面白く見せる工夫」は「きっかけづくり」と比べると考えるのがかなり難しそうです。

だからこそ観客を増やすのは大変と思いますし、これに真剣に取り組む人には敬意を表します。

「観るのもこんなに面白いのに何でみんな観ないんだろう」と「観るのは本来そんなに面白くない。だから観てもらうには圧倒的な工夫が必要」では発想のスタート地点が全然違うんだろうなと思ったのでした。


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