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開運力で転職を成功に導けるのか!#58

転職を繰り返す事15回、16回目に起業する。当初の5年は右肩上がりだったものそれからは鳴かず飛ばずの状態であった。その後手を変え品を変えで続けた25年間が過ぎ解散。

そして今は占い師となってアドバイザーを続けている。売上がままならない時期に占いを勉強し始め、自分の運気、運勢を調べて行いった。今になるとこれまで長く続けられた理由が分かった。それは運勢の良し悪しの時期に自分が行動を起こしていることが判った。

経営者は孤独である。しかし自分で運勢が読めれば失敗はしないと言うより不安は少なくなるものだ。そして進みゆく道が見えてくることが判断出来る。この第5章は自分の運勢と行動を当てはめ行くことにする。

第1章から第4章までは転職の話だが第5章から運勢を私が見ながら進んで行く。どうやって集客をしたら良いか?どうやって売って行ったのか?どうやって存続させる考え方を持ったのか、失敗と成功を書いたものである。

マガジンに掲載中(まとめ)
第1章 #1~#9 第2章 #10~24 第3章 #25~#40 第4章 #41~#51

 

第5章 最後の転職

<捨てる神あれば拾う神あり>

2000年秋、フィレンツエに買付に行っている時に思わぬ話が出てきます。 ソニアフォルツナと言うブランドの日本においてのディストリビューターにならないかという話が出てきます。

日本的に言うと代理店とか問屋とか商社なんでしょう。その時ははっきり言ってディストリビューターの詳しい意味がよく分かりませんでした。現地の輸出代行会社のニコレッタが「いい話」だと私に言いうので、聞いてみることにしました。

この会社との付き合いは5年前にさかのぼります。私が買付ツアーでオーナー達が儲かる商材を探してくれと頼んでおいたらこの会社を見つけてきたのです。

50坪位のアトリエに商品が所せましと置いてありました。商談スペース以外は倉庫って感じでした。その時は4組のオーナーを連れてきていました。この4組のオーナーは地方からの参加で無名のイタリアブランドが欲しいと言うことでした。

私は有名なブランドの方がいいのではと提案しましたが、オーナー達はもっと独自性を出したいので無名でも良いが良いブランドが欲しい。それがセレクトショップだと言っていた。

実際私のやっていたことは売れれば良い、儲かればよいと言うセレクトショップであり会員制のディスカウント店で「ただのブランド屋」でした。

そんなセレクトショップのオーナーが欲しいと思うブランドだとニコレッタは思ったのでしょう。静岡と愛媛から来たオーナーは気に入っていましたが後の二組は興味を示さなかった。わたしが見て思ったのは、何かグッチの雰囲気に似ている感じがしました。

イタリアの小さなメーカーはスーパーブランドのオートクチュールやプレタポルテを見てメーカーは作り出すので夏ものでしたら3月すぎないと出てこないのです。

このソニアもそんな感じでした。値段が安かったものですから売りやすかった商品でした。ですからフィレンツエに来るたびに立ち寄ってはいましたが2年前から移転をしたということでこのソニアを外して他の会社を回ってました。

そして、突然今回の話が来たのです。ソニアフォルツナ社はこの数年で良いスポンサーが見つかったのか以前とは全く桁外れの大きな会社になっていました。私はそこに連れて行かれます。

サルバトーレ氏が流暢な英語で私に親しげに話かけてきます。私は初対面と思ったけれど以前会っていたソニアの旦那さんでした。あの時は質素なインテリ風な感じでしたが今はオシャレなダンディになっていました。お金持ちって感じです。

その彼が言うには、ミラノコレクションに今度出る予定で世界に向けて動き出している、是非、日本で広めてほしいというのだ。悪い話ではないと思ったので聞いてみると商品を販売するのにあたり2タイプがあるらしい。

ディストリビューターとセールスレップがあります。
簡単にいうとセールスレップは商品を売ったら報酬があるバッグマガジン式です。ディストリビューターは製品を買ってその商品を卸をする、問屋みたいなもので価格設定も自由できる。ディストリビューターは日本での窓口になるのです。

ただし、日本でソニアフォルツナの店を出すのが条件の一つでした。店の規模、エリアも指定は無かったので、そんな条件ならやってもいいかななんて思ってしましました。

そんな良い話を聞いて気分がアゲアゲになっていたしちょっとかっこ付けてしましました。本来なら今回、日本で売れる型をピックアップしてオーダーするのが当たり前のことでしたが、丁度オーダーサンプルがローマに行っていて見られなかったので私はカタログを見てオーダーすることにしました。


カタログに載っている商品の3サイズ(40・42・44)と色違いでおまかせでオーダーをすることにしました。ソニア社が今回一番売りたい商品であろうから喜ばせるつもりで言ってしまったのです。

大きなミスを犯してしまったと判ったのはデリバリーがあった4月頃でした。箱を開けてみると「なんだこれは?」と思う商品ばかりでした。

確かにカタログの商品ですが、見た目と違うのです。イタリア人が好む服と日本人が好きな服は全く違うので、お任せなんてしてはいけないのです。商品はほとんど裸に近いようなトップスや派手なパンツ、スカートばかりでした。若い顧客ならまだしも当店の顧客は40.50才前後でいたので売れないと思いました。

こればかりは本当に売れませんでした。この失敗でおまかせでのオーダーは首を吊る事だと理解しました。しかし、サルバトーレは上機嫌で「売れているか?」なんてメールが来るのです。

冬物は日本人に合いますが夏物は勇気がちょっといるのです。私は約束だった店を学芸大学に開く予定でした。しかしスタッフの問題が出てきます。 大手で店長を経験していた20代の女性を採用しました。

この女性をソニア社に連れて行き秋冬もののオーダーをさせました。今度は彼女に慎重に選ばしたので売れ残る商品は少なかった。しかし、春に提案があったディストリビューターの件はこの学芸大学店の様子を見て返事をすることにしたのです。自分がオーダーした商品を売るので張り切っていた店長でしたが2か月たった日、突発的に会社に来なくなるのです。

私は何度か自宅に行きましたが本人とは会えず、結局、その日から音信不通になり健康保険証の返還、離職票も取りに来なかったのです。彼女が連れてきたアルバイトもそのうちに辞める事になり店にスタッフがいなくなってしまいました。

それで私が急きょ学芸大学で販売にする様になったのです。
店長は産休に入り、新宿店から青山に引越しをした頃でこのへんから再び運が停滞仕出しました。

その後、スッタフを募集し学芸大学店て働かせましたが、とんでもない女性を採用して自分で首を絞める状態いなり8月で閉店となります。しかし最後の2か月に出会いがあります。それから青山店で7年働いてくれる女性と知り合います。

「捨てる神あれば拾う神あり」とはよく言ったもので大赤字になり店もなくなりますがそれに代わる大きな戦力を持つスタッフを手に入れることになったのです。

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