57 圏外地療法
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57 圏外地療法

ケシキスイ

「圏外地療法?」
 カウンセリングの先生はたしかにそんなことばを口にしたような気がする。ニクイさんと、アタシと先生と、それから中年の女性の看護師が窓のない診察室にいたと思う。中年の女性看護師が説明をしたのだ。
──ハンカチといっしょにスマホはいつも手にしておられましたわ。WiFiがつながっていなくても、手もとにスマホがあったら落ち着いておられましたよ。操作しても、ここは電波を遮断してあるからつながりませんよ、とお話しをしたら、ああっ、て。
 実際、クリニックの入院エリアは、管理のためにSNSを遮断していたらしい。一度、スマホをトイレに忘れ、アタシは不安で暴れたが、スマホが見つかったら心はおとなしくなった。
「あなたにはお守りじゃないかって、先生は話していましたよ。それでSIP支援のプログラムに圏外地療法を取り入れることを提案されたのです」
「SIP?」
「Socially isolated person、社会的孤立者ですね。圏外地で暮らすという仮想の設定で、われわれが管理する家に引っ越してみたらどうか、先生は、あなたのSNS依存に対処するためにそう提案してくれたのです。もちろん、あなたも了解して、親が子ども守るためにSNSのアクセスを制限するアプリをダウンロードして、ぼくがパスワードを管理することになりました。あなたは承諾の書類にサインしましたよ。あなたの目の前で操作もしましたが、忘れましたか?」
 ぼんやりと思い出してきた。スマホをニクイさんに渡したとき、ちょっと心配だった。
「あなたの記憶がムシクイで、圏外地という仮想の設定そのものを、あなたが忘れる可能性もわかっていました。でも、あなたが心穏やかに過ごすことが、デジタル認知症の治療にもなると先生は判断したのです。

背景 灯橋


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ケシキスイ

小説や物語など文学の話題にふれながら、日々の暮らしのなかで感じた、ささやかだけれどちょっとした期待とか、予感とか、心地よいと感じたことなど書いていきます。渦巻く宇宙を支えるのは小さなものたちではないかと考えています。ケシイキスイとかツユクサとか、白黒のまだらネコなどなど。

うれしいです。脱皮できました。
ケシキスイ
作家・エッセイスト。歩いて読み、歩いて書く。小説のあれこれや物語のなんだかんだを書きとめていきます。日々の暮らしもちらほら。アーケードのある商店街が生活圏。魚屋さんをのぞくのが、たったひとつの趣味。心理サスペンス小説「泣くなよここに来いよ」(96000文字)を120日かけて執筆。