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心が擦り切れるまで家族を愛そう 愛情過剰家族

「課長、今日の夜とか飲みどうですか?」

「いや、すまない。今日の夜は家族と過ごす予定があるんだ。息子の誕生日でね」

 そういって男は同僚の誘いを断った。

「へぇうらやましい。あれ? お子さん、おいくつでしたっけ?」
「ちょうど五歳になるよ」
「かわいい盛りですね」

 そんな会話をして、男は帰路についた。

【あなた、今日は予定通り帰ってこれる?】
「ああ。いま会社を出たところだから、予定通りに家につくよ」
【よかった。この子がもう待っているわよ】

 会社から駅への道で妻からの電話があった。
 たわいのない会話をしながら道を歩き、駅までついた。

「これから電車に乗るよ。じゃあ家で」
【ええ。一緒に誕生日をお祝いしましょう】

 そういって通話を切った。
 スマホの待ち受けは家族3人で撮った写真だ。

 難産で生まれた子を妻は溺愛していた。
 私ももちろんかわいいと思っているが、お腹を痛めて生んだ我が子を妻の愛は深かった。

 それだけに誕生日は彼女にとって本当に祝日だった。
 1週間ほど前からどうしようこうしようとソワソワしていたほどだ。

 ――わが子が生まれてからの日々に思いをはせていたら、家についていた。

 いつもの我が家だ。
 男は、深呼吸をしてから家へ入る。

 大丈夫だ――私は息子を愛している

「ただいま」

「おかえりなさい、あなた」
「お父さん。おかえりー」

 ドアを開けるとリビングのほうから声が聞こえてきた。

 そして、リビングに入るとテーブルいっぱいの料理と大きなホールケーキが目に入った。
 ローソクの数はもちろん5本だ。

「もう準備万端だな。待たせてしまってすまない」
「いいのよ。でもこの子が早く始めたいってそわそわし始めていたところなの」
「そんなことないよ! ぼくちゃんといい子でまっていたよ?」
「そうかしら?」
「ハハハ・・・」

 そういって男はテーブルに近づく。
 自然と妻は男に近づき、ジャケットを脱がせてくれる。

「ほら。あなた、この子。もう5歳になったのよ」
「もう5歳なんだな」
「ふふ。あんなに小さかった子が立派になっていって・・・私、うれしいわ」
「・・・・そうだな」

 妻は息子を生んだ時のことを思い出しているのか、涙を浮かべていた。
 男は自然に会話を続けようとしていた。
 視線を妻から息子へ移す。

 愛しいわが子。
 テーブル席の上に置かれたタブレット。そこには楽しげに笑う息子が映っていた。

 息子は、1歳を迎える前に死んだ。
 難産でなんとかこの世に生を受けることはできたが、もう少しということで1歳の誕生日を迎えることができなかった。

 妻と悲しみに暮れ、遺影を眺めていると――一つのサービスを提案された。

 それは息子が生きていたら――どうだったかをシミュレーションし、画面に表現してくれるサービスだった。

 息子の写真や動画データを提供するとそれをもとに外見を再現して、まるで生きているかのような姿を見せてくれた。
 その時、妻は涙を流して喜んだ。
 「あの子が、生きている…」と
 リアルタイムにこちらに反応してくれるAIを迎えて、1歳の誕生日を迎えた。

 その後、そのサービスからさらに詳細な情報、息子の遺伝子情報などを提供すれば、息子を”成長”させていくこともできる、と提案された。

 息子の情報をもとに1日1日をシミュレートし、時間を経過させ、成長させていく。
 最初は言葉もしゃべれなかった息子がしゃべるようになり、歩けるようになり姿もディスプレイ越しに大きくなっていった。

 そう――息子は仮想現実の中で甦り、日々成長しているのだ。

 こうしている今も妻は息子に話しかけ、息子は今日学校であった出来事を楽しげに話している。

 これが我が家の日常だ。

「ねぇ――あなた?」
「ん? ああ」

 妻の声掛けに相槌を打つ。

 大丈夫――僕は、妻も息子も愛している。
 たとえ、現実では無かったとしても。
 ただの0と1の羅列の表現だとしても。

 自分の心が擦り切れて、消えてしまうまで家族を愛し続けよう。




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