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罪悪感なき いじめ/透きとおるほど酷たらしい教室

「きりーつ きをつけー れーい」
 いつもどおりの授業開始の挨拶。
 それを俺は机に座ったまま見ていた。

 みなが席を立ち、頭を下げる中、教室で唯一人だけ悠々と席に座っていた。
 それを誰も咎めない。
 教師さえも俺を一瞥もしない。
 それは俺が特別だからじゃない。
 不良で、声をかけるのを躊躇われているわけではない。

 皆、俺を無視しているのだ。
 いや、正確に言えば無視ではない。
 このゴミクズみたいな連中はもう、無視していることにさえ忘れているだろう。

 いまはみな、両目にクリアディスプレイという超小型・薄型の情報端末を装着している。それによって網膜にダイレクトに情報が映し出される。
 それを使った”いじめ”だ。
 この機器は、見たくないものをブロックすることができる。
 昔のSNSで邪魔なアカウントをブロックやミュートするように、存在そのものを認知しなくする。

 存在そのものは消えない。
 しかし道端の石ころをいちいち気に留めないように、そうセットすることで視界に入ってこなくすることが可能だ。
 認知の死角が生じても、そこはうまく機器が情報を加工してくれる。

 一人がブロックしても、他の人とのやり取りで違和感が出ることはあるだろう。
 SNSでブロックしていても誰かが言及したり、ブロックされた対象がブロックされていると表示されるような。
 しかし、関わるアカウント全員がブロックやミュートをしたらどうなるだろう?
 その界隈ではされた対象は一切、表示されなくなる。
 そしてこの教室全員が俺をブロックしたら?
 結果がこれだ。
 いまでは教師まで波風を立たせないためにミュートにしている始末だ。

 俺の声も、姿も、俺の何もかもが、あいつらは見えない。

 俺の何が気に入らなかったのかは知らない。
 もしかしたら単に「全員で一人をブロックしたら面白んじゃないか?」という思いつきでされたのかもしれない。
 わからない。
 しかし、クズどもだということはわかる。

 俺は誰にも興味を持たれず、誰にも声一つかけられず、視線一つ配られず、学校に通っていた。
 始業の挨拶くらいサボってもいいだろう?

 どうせだれも気づかないんだから。
 そんなことを思いながら、俺はリュックからナイフを取り出した。

 もし俺が認識されていたら大騒ぎになるだろう。
 もしかしたら冗談かと思って半笑いされるかもしれない。
 しかし、授業中の教室で抜き身のナイフを取り出しても誰も騒がない。

 それは思いつきだった。
 無色透明な俺が、手を出したらどうなるのだろうか? と。
 肩がぶつかる程度のことは、気の所為として情報加工されて処理される。
 しかし、もしここで俺が凶行に走ったら?

 無視できないほどの凶暴な凶行をした時、アイツラはどんな顔をするのだろうか?
 それは復讐というには無味乾燥とした好奇心に近しい感情だった。
 いや、憎悪が蓄積されすぎて、俺もおかしくなってしまったのかもしれない。

 どうであれ、それだけのことをこいつらはしてきたのだ。
 俺は決意して、立ち上がり、握ったナイフをクラスメートに向けたーー

 その瞬間、脇腹に衝撃が走った。
 見るとじんわりと赤く染まり、刃物が深々と突き刺さっていた。

「ねぇ、なんで・・・」

 声が聞こえてきた。
 視界にノイズが走り、そのナイフを握りしめている生徒が見えた。

「君まで僕を無視するの?」

 俺は思い出す。
 無視されていたのは、俺だけじゃなかった。
 もう一人。

 けど、俺はこいつとは違う。
 そう思って俺はこいつを無視したんだ。

 大量の血が滴り、俺は教室の床に倒れた。
 机と椅子が盛大に倒れ、大きな音が教室に響いた。

 けれどもその姿を、誰も気に留めなかった。






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