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ある日突然はじまる共同生活

わたしって、いつもそう。
後先考えずに口にして、失敗してしまう。
どうしてそこに思い至らなかったのかと後悔する。
人生、こんなことのくり返しよ。


「お!アオムシがいるよ!」

庭木に水やりをしていて、思わず息子を呼んだ。
小さなアオムシが、ミントの葉から転がり落ちた。

まさかね、飼いたいなんて、言うとはね。

うちの子にかぎって、だよ、ほんと。

アリを見つけるだけで走って逃げ出す、あの息子が。
小虫が部屋に飛んでいるだけで大騒ぎする、あの息子が。
カブトムシの死骸にも触れなかった、あの息子が。

「逃さないで!おうちで飼うから!」

坊や、マジで言ってるのかい?
お母さんね、ぶっちゃけ虫がきらいだから都会に住んでるんだよ。
アオムシってね、虫の中でも、虫っぽさが、だいぶ虫っぽいよ!(語彙力)
お願いだから考え直してほしい。
なんでいきなり親の顔も知らないアオムシと寝食共にせにゃならんの。

そう思うけれど、声にならない。
だって、わたしは、かわいすぎる息子の従順な下僕。
息子が「カラスは白い」と言えば、「白いカラスもいるよね」と答える。

慌てて室内に飼育ケースを取りに戻る息子の背中に向かって、
マジで…え…マジで…とつぶやくことしかできない。それが精一杯。


というわけで、いる。
いったい何の幼虫なのかもわからないアオムシが。

この家の中に、と言うか、わたしの背後に。
あれこれ考えた結果、アオムシのおうちはここ、と息子が選んだのは、
まさかの、わたしの仕事机の後ろにある、飾り棚の上。

いる。完全にいる。めっちゃ気配感じる。
ソーシャルディスタンス大丈夫?っていうくらい近い。だいぶ近い。

こんなはずじゃなかった。

わたしもだけど、アオムシもそう思ってるはず。
あの一瞬の出会いが、息子のひとことで急展開して、
まさかわたしたち、ひとつ屋根の下で暮らすことになるなんて。

運命すぎない?
何かひとつでも違ったら、こんな風にならなかったんだね、わたしたち。


それでも、愛する息子のためと思えば、
アオムシとの共同生活も、何なら濃厚接触も耐えらえる。(嘘だけど)

息子が思い立っては、アオムシの様子を覗きにきて、
一生懸命世話をする姿を見れば、こんな苦行もへっちゃら。(嘘だけど)

これが息子の成長にとって、大切な経験になるなら
わたしの感じる嫌悪感なんていくらだって我慢できる。(嘘だけど)

んだけどさ。

まったく、寄りつかないよね、息子。

完全にアオムシに対しての興味失ってる。

なんで?

早くね?

「飼う」って言ったの、息子だし。
せめてもうちょっと、存在だけでも気にしてやってよ。
これじゃ飼育、じゃなくて、ただの監禁だし。


そうは言っても、わたし超真面目だから。
ブラック企業に10年勤めるほどの、尽くしちゃう系のバカ女だから。

ネットでアオムシの飼い方めちゃくちゃ検索して、
しっかりばっちり世話してる。
動いてるかな?って頻繁に観察しちゃう。

息子が連れてきた子なのに。
息子はすっかり興味なくしてるのに。
母親のわたしが、あの子元気?って気にしてる。
ちゃんと食べてるのかしら?ってお節介やいてる。
何これ、親心?母性?わたし、めっちゃ「お母さん」ぽくない?


とにかくいま、ひとつだけ願っていることがある。

どうか、チョウチョのアオムシでありますように。
見たこともないような、蛾に成長しませんように。

せめて、せめて、それだけ。どうか、どうか。

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