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どんぐりを見つけたら拾わずにはいられない

たいていの幼児に標準装備されている「どんぐりを見つけたら拾う」機能、もちろんうちの息子にも搭載されてる。

どんぐりを見つけたら拾う、どんぐりを見つけたら拾う。
だれ、こんな単純なプログラム書いたの?…ねえ、必要?

秋のお散歩はどこへ行っても、だいたいメインイベントが「どんぐりを拾う」になる。こっちはそんなつもりなく連れ出しても、彼はもうどんぐりを見つけたら拾わずにはいられない体だからさ。
拾ったどんぐりでズボンの両ポケットをぱんぱんにして帰宅したら、息子は玄関先に置いてある「どんぐり専用ポット」(大量に家の中に持ち込まれないためにわたしが用意した空の植木鉢)にその日の収穫をすべてどさどさと入れる。
そして、忘れる。ポットに入れてしまえばあとは知らぬ存ぜぬ。
何事もなかったかのように、また出先であらん限りのどんぐりを集めに集めて持ち帰る。このくり返し。

リスだよね、もう。
越冬のために集めたどんぐりを土の中に隠しておいて忘れるっていうやつ。
息子も本能でどんぐり拾ってくるのかな。冬ごもりする気でいるのかな。


そして今年もいよいよシーズン到来。
先日、息子が「初物」をゲットした。

ああ、今年もこれを皮切りに、何百というどんぐりがわが家の玄関先に放置されるのか。想像するだけでアレだね、アレ。

じつは昨年、息子の大量どんぐりコレクションの中から一粒選んで、庭に植えた。
ひょっとしたらと期待したけれど、残念ながらまったく発芽しなかった。

あまりうまくいく気はしないけれど、今年も挑戦してみようかな。
そう思って、息子に「どんぐり植えてみようか?」と話してみる。

「えー、じゃあ、どんぐり拾ってこなきゃだよね」

いや、いいです。とりあえず手持ちあるんで。
それとも先日拾ってきたこと、もうお忘れですか?

この間、拾ったやつだよ、と言うと、あーあれね、はいはい、という感じ。
何の目的でこんなに拾ってくるのか問い詰めたくなる態度。

ご本人はさほど乗り気ではないようだけれど、わたしとしてはせめてすこしでも有効活用したいと言うか、こんなに乱獲して生態系狂わせてないか?みたいな過剰な心配もあり、もう、どんぐりは植える、植えてどうにか発芽させて育てる、という使命感みたいなものが生まれている。

スマホで「どんぐり 育て方」を検索していると、息子が聞く。

「何してるの?」

「どんぐり植えるからね。育て方を調べてるんだよ」

「どんぐり、植えるの?植えたらどうなるの?」

うまくいったら芽が出て、大きく育てば木になって、またどんぐりの実もできると思うよ、と、自分で言っていて「夢物語だな」としか思えない壮大な計画を息子に話してやる。

「え!?どんぐり植えたら、どんぐりできるの!?」
「どんぐりで、どんぐりできるの!?」
「どんぐりがどんぐりになるの!?」

何にそんなに驚くのか。いや、たぶん「木になって」の部分、聞いてねーな。

どんぐりが!どんぐりになる!と、くり返しては笑う息子。

彼の頭のなかがどうなっているのか、わたしにはさっぱりわからない。
だけど、せめて今度は芽が出て、また彼がそれを面白がって笑ってくれるといいなと思う。


そんなわけで。
今週末は、どんぐりを植えることに挑戦してみようと思う。乞うご期待。

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