2022.5.21 明治安田生命J1リーグ第14節 湘南ベルマーレvsヴィッセル神戸 〜動かないものは動かない〜

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スタメン

・中2日でも神戸は前節と同じメンバーをスタメンとして送り出します。大迫,槙野,(幻のポケモン)橋本拳人,佐々木らと怪我によって起用できない選手が多数いるのも事実なのですが、それよりは繰り返し指摘しているようにクオリティの面≒信用に足るか否かの面の方が理由としては大きいのではないかと思います。
・湘南はウェリントンを外し、福岡戦でのカードトラブルから復帰した瀬川をトップに据えて町野と組ませます。どんな展開になるにしろボールを神戸に持たせる戦い方になるのは予想していたはずなので、より動ける2人を前に置いて1stディフェンスを行おうという考えだったでしょうか。

試合内容

そもそも論

・そもそも、なぜロティーナとイヴァンパランコのチームがボールを持ちたがるのかというと、1つは神戸(というか三木谷会長?)のチームオーダーとしてボールを持っていきたいからというのもあるのですが、それ以上に、自分たちでボールを持っていればゲームの秩序を維持できるからということが挙げられます。
・2010年代に一世を風靡したトランジション・フットボールという考えの根底にあるのは「トランジションが多発すればその分エラーが起きやすくなる」という考え方なのですが、これはロティーナチームの思考にも影響を及ぼしていて、いくら超人的なフットボーラーといえどもやはりゲームのテンポが上がれば上がるほどにミスというのは起きやすくなるので、そうならないように極力テンポを落としたい。
・トランジション・フットボール的な考えへのアンチテーゼというか、後方でボールを持って時間を作ればその間に自分たちで配置を整理することができて、そこで整理されたポジショニングというのはボールを失ってからも役に立ってくる。なので、リスクとエラーの排除を主眼に置いてゲームのあり方を包括的に考えた時に、ポンポン(≠小林由依)蹴っ飛ばすよりは作り直しの手段を確保して、全体で秩序を保ちながらゆっくりと前進していこうというのは理にかなっています。
・そこから派生してもう1つ挙げるとするなら、前述したようなゲーム運びをしたいのであれば、ハイプレッシングというよりは集団でスペースを管理するやり方のほうが都合がいい。ですが、そうなるとボールを回収する位置が相手ゴールからどうしても遠くなるので、何かしらの方法で敵陣に侵入する必要が出てきます。
・しかし前述したとおり、ロングボールやカウンターによる前進というのはこちらがポジショニングを整える時間を生み出しませんし、トランジションの多発するエラーが起きやすい土壌を生み出してしまいます。なので、そうなると地上戦でポジショニングを整えつつ相手を動かしてエラーを誘うのが一番コンセプトに即しているということになります。

動かない者

・原則論は一回おいといて、まずは神戸がボール出しを行う際の湘南の対応について記します。
・湘南は5-3-2でミドルゾーンあたりにブロックをセットしたところから1stディフェンスを開始します。2トップは神戸の2CBにプレスをかけるというよりは中央のスペースを防御する意識が強めで、まずどちらかにボールを持たせてからアタックして、1人がサイドを限定してもう1人はそのまま中央を守ろうという教科書通りの形でした。
・町野,瀬川の2トップはここの誘導が巧みで、必ず神戸のピボーテをオープンにしないように当たるので、大崎や山口が中央で時間とスペースを得られたシーンは数えるほどだったように思います。もちろん、彼ら2人だけの問題ではないのですが。
・中央を封鎖して神戸のSBにボールを誘導したら、全体が一気にスライドしてボールサイドで人を捕まえ、ボールにアタックします。要するにここが湘南のボールの取りどころになっていて、奪えずともボールを下げさせたり、ロングボールを蹴らせたりすることはできていました。
・まとめると、湘南の守り方というのは必要以上に食いつかずに神戸のボール保持で動かされることを拒絶するやり方で、結果的にこの選択が神戸からゲームを取り上げた要因になったと思います。

動かせない者

・結論から述べると、前半に神戸が放ったシュートは汰木の幻のゴールを除くとイニエスタの1本。勿論むやみやたらとシュートを打てばいいというものではないのですが、神戸が苦しんでいたことの証左としては十分な数字だと思います。
・相手が中央を固くガードするのであれば、こちらはその外側から何かしらの手段で相手に働きかけて、空いたところから中央に侵入していく必要があります。この試合でその役割を果たすべきだったのは唯一オープンにボールを持てていた神戸のバックラインだったのですが、その役割を果たせなかったからこういう試合になってしまったのはお察しのとおりです。
・現代フットボールの基礎知識(2022年版)というか、センターバックの選手は相手を誘い込むようにしっかりと幅を取って、敵1列目の選手をドリブルや体の向きで引き付けることが必須スキルになってきているのが世界的な流れなのですが、Jリーグではどうかというとまだそこまでのレベルには至っていなくて、結果ショルツのような舶来品の例外を除いては、相手を引き付けられるDFは存在していないと思います。
・この日のセンターバックの菊池と小林もどちらかというと相手を引き付けられないマジョリティ側に属していて、彼らはオープンにボールを持った時に2トップを中央から動かすような形で運んだりできないので、ここで優位な状況を作ることはできていませんでした。
・2トップを越えるだけならSBに渡せば済むのですが、前述したとおりそのエリアは湘南の狩場になっているので、ブロックを動かせないままここに渡すのは相手の思うつぼです。CBが運べばそれに応じてSBがポジションを上げられて、湘南のインテリオールに背走を強いることができたり、WBを前方向に引き出せたりできるのですが、それができないのでSBは低い位置にとどまらざるを得ないですし、前の選手がボールを受けに下がってこざるを得なくなります。
・サイドの低い位置に押しこまれた神戸が前進する手段はWBの前あたりに降りてきたイニエスタに預けてワンタッチでどうにかしてもらうことぐらいしかなかったのですが、これがいいことであるとは言いきれないのは彼がゴールから遠ざかってしまうからです。
・イニエスタのような選手にスペシャリティを発揮してほしいのはペナルティエリアのようなよりゴールに近いところなのは当然ですが、年齢を重ねて彼も機動力の所で無理がきかない体になってしまったので、一度ボール出しに関与して、そこから手数をかけないフィニッシュに絡むのは難しいです。逆説的に言うと、これこそがチーム全体でゆっくりと前進したい最大の理由でもあります。

示されていたモデルケース

・じゃあ具体的にはどうすればよかったん?と言われそうなので1つ例を示します。この場面は最終的に汰木の幻のゴールにつながるのですが、起点は菊池が2トップの脇から侵入したところで、彼が山田に働きかけるドリブルで山川に時間ができて、そこから湘南2列目のラインを越えて中央でイニエスタがボールを受けることができました。
・「クリーンな前進はすべてを容易にする」とプレミア優勝監督・ペップグアルディオラは語っていましたが、まさにこのシーンはバックラインが適切なコストを払って前に貯金をつないだ好例だったように思います。
・ロティーナチームはリスク排除を旨とするというのはもはや使い古された慣用句なのですが、この試合を通して言えることは、適切なリスクを取ることを放棄する方がかえってリスクになりえるということです。ロティーナは前半の内容について「カウンターを受けて背後に走らされた」とコメントしていましたが、そういうゲームになってしまったのもここに原因があるのではないでしょうか。彼が率いていたころのセレッソを見るに、こういった動きを選手たちに要求していないとは考えづらいのですが…
・この場面ではナローなポジショニングで湘南2列目の裏を取っていた汰木が武藤の作り出したスペースにうまく侵入してネットを揺らすのですが、(どこからどう見てもプレーを判断できる位置に立っていなかった)主審の判定はハンド。武藤や酒井の猛抗議もむなしく、ゲームは0-0のまま続行されます。
・たらればの話で恐縮なのですが、このゴールがもし認められていたなら神戸は虎の子の先制点を得て鳥栖戦のようにボールを持つ必要がなくなっていたはずなので、そういった意味でもこのジャッジはただただ残念なものでした。

圧迫と決壊

・神戸が走らされるゲームを戦わされたのは他にも原因があって、一つは湘南が躊躇なく長いボールを蹴りこんできたことが挙げられます。神戸の武藤,イニエスタの1列目に対して湘南は開いた3バックとソロピボーテの所から前進を図っていて、継続的に中央を防御し続けるのは難しいイニエスタの周辺にインテリオールが下りてきて1列目を突破したりしていたのですが、時間が経つと神戸の後方での再構築が間に合うので、最終的には苦し紛れのクロスくらいしか選択肢がなくなる。
・となると湘南が頼りたくなるのは長いボールで、HVに広げてからのサイド裏を取りに行くロングボールを2トップの町野と瀬川が少なくとも五分で競って、クリアランスできない神戸のブロックを押し下げます。
・そうなるとどうしても帰陣が遅れる神戸の2トップとピボーテの間の空間にスペースができるので、誰かしらがここを使ってくるとまずいなという予感はあったのですが…

・先制点のシーンは前述の2トップ裏(かつ、サイドハーフが出づらいところ)のスペースに入り込んできたHVの杉岡がミドルシュートを放ち、こぼれを町野が押し込んで湘南が先行します。実はこの少し前から山本がロングなドリブルで敵陣に侵入したりと浮いたHVが攻撃に参加する場面はいくつかあったので、伏線回収というか、やってきたことが実ったゴールだったのかなとは思います。

動かそうとする者

・苦しい展開の中、それでもロティーナチームはゲームを動かそうと手を打ちます。ハーフタイムには早くも2枚替えを決行。山川を初瀬,郷家を小田に代え、ポジショニングにも少し手を加えます。
・解説の水沼パパ氏は神戸は4‐3-3に代えたんじゃないかとの発言をなされていましたが、本当にそうだったか?と言われると怪しいところがあります。確かに汰木,小田のウイング2人はwidelyなポジショニングをするようになっていて、これだけなら3トップっぽく見えてもおかしくはないのですが、後方はそのまま山口と大崎のドブレピボーテのままだったように見えました。平塚のカメラアングルはかなり微妙だったので、DAZN勢の筆者には見えていないだけだったのかもしれませんが。
・小田の投入の意図は明快で、どうせSBの所で詰まって蹴らざるを得なくなるなら、スピードのあるプレーヤーにワイドから裏を狙ってもらって、強引にでもポイントを作りに行こうというところは考えていたと思います。
・付け加えるなら、手垢のついた表現で恐縮なのですが、ウイングのところでWBをピン止めして、神戸のSBの行動範囲を確保する意図もあったと思います。実際、湘南のブロックは後退させられていたので、例えば中央でフリーになった酒井が斜めに抜ける小田にスルーパスを通すようなシーンもありました。

結局は掌の上?

・ただ、結局のところ現状の神戸には人を入れ替えただけでは解決できない構造的な問題があって、それは散々述べてきたようにバックラインから相手を動かせないので、ゴール前に有効なスペースを作り出してスコアリングまでたどり辿りつけないこと。
・先ほどは湘南のブロックが押し下げられたという表現を使いましたが、実際は他の事情があって、先行した湘南は無理にリスクを冒さなくても引いていれば勝手に神戸が攻めあぐねてくれるのを分かっているので、あえて撤退して守っている。鳥栖戦で神戸が取った選択を思い出していただけると、この現象も腑に落ちると思います。
・この湘南の方向性を確固たるものとしたのは神戸の技術的エラーから始まった町野のドッピエッタで、これでゲームの結末は事実上決まってしまいました。

雑感 ‐動かないもの‐

・手のひらを返すというか、私の認識が甘かったのかもしれませんが、「ボールを持たせられれば苦しくなるチーム」からは脱却できていないんだなということがこの試合ではっきりしてしまいました。鳥栖戦も川崎戦も相手に持たせることが許される展開でしたし、何せ鳥栖戦は久々の勝利(しかも大勝)でしたので、目が曇ってしまっていたのをお許しいただきたいのですが。
・運べるCBがいないことも、破壊力のあるウイングが足りないことも、編成に失敗したことも、大事な6ポインターマッチに敗れたことも全て動かしようのない事実です。全てを受け止めて、残留の可能性が無くなるまでは今いるメンバーで少しでも良いゲームをするために戦い続けるしかないのでしょう。

・キリがないので、このツイートを貼って記事を終わりにしようと思います。それでは。


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