見出し画像

紡がれる物語【春の名無石】

春の季節になると採取できるようになる不思議な石。
桜や菫の近くから採取される事が多いため、何らかの関係があるのではないかと言われている。
名無石と名のつくものは多くが研究段階であり、どういったものか判明すると新しい呼び名が決められる。


『この花の下で、あの人と見合ったの…』
佳人の影が、かそけく囁く。
『出兵前にと見合わされ、桜散るまでの夫婦生活だったわ…。授かった吾子も立派に一人立ちし、孫も産まれた…だから私はもう、あの人を待つだけでいいの…愛しくて待ち遠しいの…』
春先に現れる彼女の名は、伝えられてはいない…
〈青羽根〉


花々の根元で輝きを魅せる鉱石。
幼子にはその近くに妖精が見えるとも言われている。
まだ妖精が見えていた頃。祖母に貰ったこの石はいつでも春の輝きをもたらしてくれる。
『花屑の結晶』
祖母は花屑の夢、と言っていたこの石は枕元に置いて寝ると夢の中でそれは見事な花吹雪を見せてくれる。
〈Leone〉


ふーん、この石、名無しなんだ。
研究の息抜きに、何か考えてみよーっと。あんな名前や、こんな名前もいいよね〜・・・でも、ここは敢えてっと。
よし!学会に出してこよーっと。どうせ、すぐ却下されると思うけど。
〈泡沫美月〉


「こんにちは」
「こんにちは」
散り落ちた薄い色の花弁の陰から、あるいはその木のごつごつとした根元から。
ひっそりと息づく宵色の花のふちから、顔を覗かせている。
声を拾った者だけが出逢うきらめき。
『春霞石』
〈くらーげん〉


その石は、妖しく綺麗に輝く。
風に揺らされ雨に晒され、はらはら落ちる美しい花弁が、「まだ美しくありたい」と願った果ての姿だ。
死に向かいながら、生を願った花弁は、永遠に死することなく、美を放ち続ける。

――と、或る浪漫な冒険者が語った。
その石は今、あの墓石の前に。
〈n00ne〉


「今日も石かい。アンタも懲りないねえ」
「良いじゃねえか。コイツが好きだったものだ。幾らでも供えてやるさ」
レプターは、墓石の前に桃と紫の不思議な色合いの石をことりと置いた。
「で、今日はどんな石なんだい?」
「いや……知り合いに見てもらったんだが分からなくてよ」
「名無石かい」
「そんなとこだ。その研究者は『くれ!』と言ったんだが、どうにか振り切って逃げて来た」
「仲良いねえ」
「何処がだよ」
レプターは笑う。
「この石、桜の木の下で見つけたんだ。……きっと、風に揺らされて花弁が散って、それでも美しさを保ちたくて、こんな石になったんじゃねえか――って思うんだ」
「ロマンチストだねえ」
「全て暴くことが良いとは限らねえってことだ――無粋なことだってあるものさ」
レプターは、笑って桜の名無石を、大事に墓石の前に置いた。
その石は陽光に照らされ、散る前の花弁のように美しく輝いていた。
〈n00ne〉


"……浅学なれど、東の国を訪れた際の情報が一助になればと投書しました。かの国では石中に星に類する輝点を宿す場合「宵」ないし「曙」を冠するものが多く存在し、花といえば「春宵の夜桜石」などが春の夜の結晶したものとして珍重されているとか。通訳が正確であれば、ですが……"

──旅商人の投書
〈東洋 夏〉

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?