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【訳詩】 Henry King, “A Contemplation upon Flowers”

ヘンリー・キング(1592–1669)「花についての瞑想」

原文

Brave flowers, that I could gallant it like you
And be as little vaine;
You come abroad, and make a harmlesse shew,
And to your bedds of Earthe againe;
You are not proud, you know your birth
For your Embroiderd garments are from Earth:

You doe obey your moneths, and times, but I
Would have it ever springe;
My fate would know noe winter, never dye
Nor thinke of such a thing;
Oh that I could my bedd of Earth but view
And Smile, and looke as Chearfully as you:

Oh teach me to see Death, and not to feare
But rather to take truce;
How often have I seene you at a Beere,
And there look fresh and spruce;
You fragrant flowers then teach me that my breath
Like yours may sweeten, and perfume my Death.

Source:
Grierson, Herbert, editor. Metaphysical Lyrics & Poems of the Seventeenth Century. Clarendon, 1921.

翻訳

華美な花々よ、私も君たちのように着飾って、
自惚れることなくありたい。
君たちは世に現れると、罪のない装いを見せ、
再び大地の床へ戻っていく。
君たちは驕らず、自らの生まれを知っている、
その刺繍を施した服は大地から来たのだから。

君たちは自らが過ごす月と時に従うが、私は
常に春を願ってしまうのだ。
私の運命は冬も知らず、死なず、そのような
ことも考えぬのを願うのだ。
おお、私もただ、私の大地の床を眺め、笑い、
君たちのように快活とした姿でありたいのだ。

おお、私に死をどう見つめるのか教えてくれ、
恐怖ではなく休戦の仕方を。
何度私は見たことか、君たちが棺架にいても
鮮やかで綺麗であったのを。
それで君たち芳しい花は教えてくれる、私の
息もまた、私の死を甘美な香りにすることを。

コメント

ヘンリー・キングの作とされる叙情詩「人生はかくなるもの」(“Sic Vita”)の語り手は、星の落下や鷲の飛行、水面に浮かぶ泡沫などをカタログ的に列挙して、人の命もそれらと同様、すぐに消え去るものに過ぎないことを悲観的に述べている。「花についての瞑想」もまた、人の儚さというテーマを包含しているが、この作品において詩人は、花という単一のイメージを中心に据え、そこから思索を深める。花の視覚的美しさは自然で所与のものであるから、外面を華美な格好で覆う人間の虚栄とは異なって「罪のない装い」(“a harmless shew” line 3)である。花は、自分たちの生まれた場所であり、死にゆく場所である大地の存在を「知っている」(“know” line 5)存在であるから、死という運命を受け入れることのできない愚かで無知な人間(語り手)を強化する役割を担っている。

メメント・モリのモチーフがキングの詩的想像力の大きな源となっていることは明らかであるが、「人生はかくなるもの」における直喩の過剰な連続は、詩行のなかで文字通り人間の描写を圧倒することで、人生の暗い側面を前景化している。

Like to the falling of a star,
Or as the flights of eagles are,
Or like the fresh spring’s gaudy hue,
Or silver drops of morning dew,
Or like a wind that chafes the flood,
Or bubbles which on water stood,
Even such is man, whose borrowed light
Is straight called in, and paid to night.
(“Sic Vita,” lines 1–8)

これに対して、「花についての瞑想」の最終スタンザでは、死の運命というテーゼから人生を豊かなものにするための発想が引き出される。この種の花は、初期近代英詩では、恋愛詩の文学的常套としてカルペ・ディエムとの連関でしばしば表現されるが、ここでの花は、棺架、あるいは、より直接的には、棺桶や墓に置かれる、葬儀の供物として描かれている。人と花とのアナロジーは、束の間の生しか享受できない存在という冒頭の否定的側面から、摘まれた花が快い香りで死者を包むように、人もまた、呼吸をして充実した生を送る日々が終わっても、自らの死を花のような香りで迎えることができる、という肯定的側面へと変化する。このような語り手の心理の変化は、無機的に事実を羅列する「人生はかくなるもの」とは異なり、「花についての瞑想」が、そのタイトル通り、場面の設定から考察に進み、何らかの結論に至るという瞑想(contemplation)の展開を採ることで可能となっている。花を凝視する詩人もまた、その背後に真理を見出し、それを端正な構成によって読者に伝えるという作業を通じて、詩人に対して花が果たしたような、教育者の役割を演じていた。

記事見出し画像:
Jan Davidsz de Heem, Memento Mori with Flowers (Wikimedia Commons)

#文学 #英文学 #詩 #英詩 #翻訳

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院生です。主な関心は初期近代(16–17世紀)の英詩。

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