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【訳詩】 Richard Crashaw, “On the Wounds of Our Crucified Lord”

リチャード・クラショー(1612/13–48)「磔刑に処された我らが主の傷について」

原文

O These wakefull wounds of thine!
   Are they Mouthes? or are they eyes?
Be they Mouthes, or be they eyne,
   Each bleeding part some one supplies.

Lo! a mouth, whose full-bloom’d lips
   At two deare a rate are roses.
Lo! a blood-shot eye! that weepes
   And many a cruell teare discloses.

O thou that on this foot hast laid
   Many a kisse, and many a Teare,
Now thou shal’t have all repaid,
   Whatsoe’re thy charges were.

This foot hath got a Mouth and lippes,
   To pay the sweet summe of thy kisses:
To pay thy Teares, an Eye that weeps
   In stead of Teares Such Gems as this is.

The difference onely this appeares,
   (Nor can the change offend)
The debt is paid in Ruby-Teares,
   Which thou in Pearles did’st lend.

Source:
Crashaw, Richard. Steps to the temple sacred poems, with other delights of the muses. London: T.W., 1646; Wing C6836. EEBO.

翻訳

おお、目を瞠っているあなたの傷よ!
 こちらは口か?それとも目だろうか?
口であろうが、或いは目であろうが、
 血を流す各部位は誰かを救うものだ。

見よ!口だ、その満開に咲いた唇は、
 あまりにも割高な価値の薔薇である。
見よ!充血した目だ!嘆き悲しんで、
 何粒もの悲惨な涙を曝け出している。

おお、あなた、この足へと何度もの
 接吻と何粒もの涙を寄せられた方よ、
今あなたは全てに報いることになる、
 背負ってきたものが何であろうとも。

この足は、口と唇をして、あなたの
 接吻の甘美な総和を贖わしめるもの。
涙の代わりにこのような宝石を流す
 目をして、あなたの涙も贖わしめる。

差と思われるのは唯一このことのみ
 (その交換が罪となることもない)。
その負債は紅玉の涙により贖われた、
 あなたが真珠により貸付けた負債は。

コメント

クラショーの宗教詩には血と涙が横溢している。それらは、それぞれの詩が焦点を当てる主題との関わりで、鮮やかな、時にどぎついほど強烈なイメージとして提示される。ここに訳出した作品では、そのタイトルに明示されているように、キリストの傷、いわゆる聖痕が生々しく描かれている。その生々しさは、詩の最初の行、「目を瞠っている……傷」(“wakefull wounds” line 1)という不可解なコロケーションからも確認できる。この表現は、すぐ後の行で、傷が口や目と見間違えるほどだ、という説明が加えられることで、ぱっちりと開いた目のようにぱっくりと傷が開いているという様子を比喩的に描いたものとして理解できるようになる。第二スタンザでも、口としての聖痕は、赤い唇と満開の薔薇のイメージを重ね、目としての聖痕は、充血しながら痛々しい涙を流す。

磔刑をモチーフに宗教画を制作した同時代の多くの画家たちがそうしたように、クラショーもまた、マグダラのマリアと思われる人物を詩に描き、キリストの足に接吻と涙を寄せさせる(彼女もまたクラショーが好んで詩に用いたモチーフのひとつだった)。これに対するキリストの贖いは、恋愛詩的な伝統を思わせる仕方で表される。最初の二つのスタンザにおいて、キリストの聖痕は口と目に喩えられたため、マグダラのマリアの接吻はキリストの聖痕=唇によって、涙はキリストの聖痕=宝石のような涙によって、報われることになる。ここには、ちょうど恋愛詩において恋人たちが愛を示すような姿が重なる。この詩は、したがって、痛々しい傷の描写と官能的なキリストとマグダラのマリアの描写の両方によって、読者に印象を残すかもしれない。とはいえ、最終スタンザにおける、キリストの涙は紅玉(ルビー)であり、マグダラのマリアの涙は真珠(パール)であり、これらの(詩人はそれを罪のないものとする)宝石の交換には、グロテスク/センシュアルな雰囲気を超えた美しさも感じられる。「真珠」を含むこの詩行には、しばしばクラショーを形容する「バロック」的感性を読み取ることもできるかもしれない。

記事見出し画像:
Simon Bening, The Worship of the Five Wounds (Wikimedia Commons)

#文学 #英文学 #詩 #英詩 #翻訳

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院生です。主な関心は初期近代(16–17世紀)の英詩。

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