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話題作『ラストマイル』塚原あゆ子~大仕掛けの企画としての興行的な成功~

画像(C)2024「ラストマイル」製作委員会

一部ネタバレもありますので、映画をご覧になってから読むことをオススメします。

無駄に豪華なキャストである。それもそのはず。TBSドラマ『アンナチュラル』と『MIU404』のキャストが大集結しているのだ。プロデューサー新井順子、演出の塚原あゆ子、そして脚本家の野木亜希子の両ドラマスタッフチームが集結して、この映画が製作された。「両シリーズと同じ世界線で起きた連続爆破事件の行方を描いたサスペンス映画」という触れ込みの映画だ。この二つのドラマは、とても素晴らしいドラマだったし、野木亜希子という脚本家は、今やテレビ業界を引っ張るトップランナーで、人気実力を兼ね備えた脚本家であることは誰もが認めるところであろう。フジテレビヤングシナリオ大賞を2010年第22回受賞。映画『図書館戦争』シリーズ、テレビ『空飛ぶ広報室』『重版出来』『逃げるは恥だが役に立つ』など漫画、小説の原作モノの脚本から始まり、オリジナルの『アンナチュラル』『獣になれない私たち』『コキタ兄弟と四苦八苦』『MIU404』など秀作ドラマを連発。沖縄の基地問題と女性暴行事件を扱った『フェンス』など社会的問題にも斬り込んだ意欲作もある。映画でも『罪の声』(2020)、『カラオケに行こ!』(2024)などの話題作もある。私自身も野木亜希子脚本のほとんどのテレビドラマは欠かさず見ているし、気になる脚本家の一人であることは間違いがない。なのでこの映画も観に行った。

ラストマイル」とは、「ラストワンマイル」という通信業界では「生活者や企業に対し、通信接続を提供する最後の区間」のことを意味するし、物流、交通業界においては「顧客にモノ・サービスが到達する最後の接点」を指す言葉からきている。物流業界を描いたこの映画では、外資系の巨大ショッピングサイトから日々送られる商品の数々、それを届ける宅配便のドライバーたちにスポットが当てられている。まさに止まらない巨大な物流産業の皺寄せを受けている末端の人々の問題をエンタメ・サスペンス映画として製作している。まさに現代が直面している問題を扱った社会派エンタメ映画であり、その止められない物流網の闇を描く意味は大きい。

ただ一つの映画作品として観たときに、やや不満は残る。大仕掛け過ぎるのだ。テレビドラマ『アンナチュラル』は、死因究明専門のスペシャリストが集う「不自然死究明研究所(UDIラボ)」を舞台に、死因を究明していく法医学ミステリーであり、『MIU404』は、警視庁の機動捜査隊(Mobile Investigative Unit)に創設された架空の「警視庁刑事部・第4機動捜査隊(4機捜)」が舞台となる刑事バディものである。石原さとみ、井浦新、窪田正孝、市川実日子、竜星涼、飯尾和樹、吉田ウーロン太、薬師丸ひろ子、松重豊の『アンナチュラル』の出演者たちと、綾野剛、星野源、橋本じゅん、前田旺志郎、麻生久美子の『MIU404』の出演者たちが、顔見世興行のようにチラッと映し出される。もうそれだけで、それぞれのドラマファンたちは嬉しいし、同じ犯罪捜査が舞台となる両チームが出てくる必然性はある。だが、やはりそれぞれのドラマファンには、もう少し本筋の物語と絡んで欲しかったと思うだろう。もちろん、それぞれのドラマのエピソード、『アンナチュラル』のいじめ問題を扱った白井一馬くん(望月歩)が、映画ではバイク便を届ける青年として出演していたリ、『MIU404』の嘘の通報で警察から逃げるスリルを楽しんでいた高校生(前田旺志郎)が、映画では第4機動捜査隊のメンバーとして働いているような小ネタつながりはある。まぁ、これだけの人気出演者を揃えるだけで、プロデューサーは大変だったろうし、2つのドラマの話題性からこの映画が企画されたことが、今回の映画ヒットにつながった訳だから、この仕掛けは大成功だと言えるだろう。これだけの出演者を使ってドラマを成立させるのは、現実のスケジュール的に無理だろうし、収拾がつかないことになるのはハッキリしている。だから、映画をヒットさせるための企画の勝利だと言っておこう。

冒頭の宅配便を届けた直後の爆破事件から始まり、巨大ショッピングサイトの配送センターでの膨大な数のアルバイト職員を雇用しながら、ベルコトンベアーに商品が次々と乗せられ配送されていく巨大システムの描写には圧倒される。センター長に赴任してきたばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)と彼女を案内するチームマネージャーの梨本孔(岡田将生)を中心に、事件の対応に当たるショッピングサイト側の人間たちがテンポ良く描かれていく。売るための理屈、Customer centric(全てはお客様のために)というマジクワード。さらに羊運送の責任者の阿部サダヲと末端の宅配ドライバーの火野正平、宇野祥平親子がこの映画の軸となっていく。ショッピングサイトとその業務を請け負う配送業者との力関係。そして事件を捜査する刑事の大倉孝二、酒向芳。満島ひかりの上司のディーン・フジオカの過去。

この爆破事件の謎と犯人の動機、連続爆破事件の捜査を描いていくサスペンスとしては、とても『MIU404』の捜査班や『アンナチュラル』の法医学の世界など描いている時間はない。ただ気になったのは、爆弾犯人側の描写が薄かったことだ。そのぶん、満島ひかり演じる舟渡エレナの人物像の謎を描いていくことに物語の尺を使ってる。だから満島ひかりの存在感が圧倒的な映画だし、火野正平と宇野祥平親子の侘しさと悲哀がこの映画を支えている。もう少しかつての事故とその周辺を描いても良かったような気がする。なぜ犯人は、爆弾事件を起こすまでに不満が膨らんでいったのか?それは今回は、ベルトコンベアーの速度を表したロッカーのメッセージと事前に会社と交わした覚書の問題だけに留めている。これだけの大掛かりな仕掛けをどう処理して、どこにポイントを絞っていくか、脚本家は悩んだことだろう。それが今回は配送ドライバーと舟渡エレナの人物像に物語に主軸を持ってきた。その分、犯人側の事情を描く分量が薄くなったということだろう。興行的な仕掛けとしては理解できるが、映画の密度をもっと深めてほしいと思うのは贅沢な願いなのだろうか?


2024年製作/128分/G/日本
配給:東宝

監督:塚原あゆ子
脚本: 野木亜紀子
プロデューサー:新井順子
エグゼクティブプロデューサー:那須田淳
共同プロデューサー:八尾香澄
撮影:関毅
照明:川里一幸
録音:西條博介
美術:YANG仁榮
編集:板部浩章
音楽:得田真裕
主題歌:米津玄師
キャスト:満島ひかり、岡田将生、ディーン・フジオカ、大倉孝二、酒向芳、宇野祥平、火野正平、安藤玉恵、丸山智己、阿部サダヲ、石原さとみ、井浦新、窪田正孝、市川実日子、竜星涼、飯尾和樹、吉田ウーロン太、薬師丸ひろ子、松重豊、綾野剛、星野源、橋本じゅん、前田旺志郎、金井勇太、永岡卓也、麻生久美子、望月歩、中村倫也

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