「ハロウィン魔女の大晦日」辻下直美創作童話

 冬へ向かうこの時期に闇の世界を切り裂くお祭りがあります。それは遠い昔にケルト民族の大事な行事だったのですが、いつの間にかとても賑やかなお祭り騒ぎへと形を変えて今日に受け継がれています。いえ、そうでもしないと消えてなくなったかも知れません。なんでも長く続けるコツは時代に合わせて変えていける柔軟性だからです。
さて、今では誰もが知るハロウィンですが、元はサーオインの祭りという魔女の大晦日でした。魔女の大晦日は時の外にあって、世界の営みが一時的に止まり、時間の裂け目から異界の者たちがこの世にやって来ます。それでモンスターやミイラ男などがうじゃうじゃと現れるわけですね。同時に先祖の霊もやって来て、その霊を慰めてまた異界に戻さねばなりません。そういう意味では日本でいうところのお盆に近いのかもしれないですね。
魔女たちは先祖の霊から色々なことを教えてもらいます。例えば「男の子を授かる薬草の調合」とか「料理が上手くなるおまじない」とか「嫌いな人を家に入れない呪文」など様々です。魔女になりたての女の子は「好きな男の子の振り向かせかた」なんて可愛い質問も飛び交います。
 そう、ここは魔女たちが集まる山の森の湖の近くの小さな広場です。真ん中には焚き火が焚かれていて、その周りをぐるぐる踊っている人たちもいます。美味しそうな匂いはアンナおばさんのソウルケーキです。その匂いに惹かれて3年間に亡くなったステラおばさんがやって来ました。
「あら相変わらず美味しそうね。1ついただくわ」
 ステラおばさんはアンナおばさんのソウルケーキをもうこれで5つたいらげています。ソウルケーキは木の実がたくさん入った蜂蜜入りのクッキーで、子供達はこのクッキーをもらいに家から家に歌いながら周ったといいます、これが今でいう『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、Trick or Treat』の起源ということなのですね。
「あたし達の時代にはかぼちゃなんてもんはなかったわよ」
 そう言うのは、もう生きている時間より死んでからの時間の方が長い大おば様です。かぼちゃがハロウィンに関連付けされたのはアメリカにこのお祭りが渡ったときのお話です。ちょうどこの時期がかぼちゃの収穫期と重なっていたので沢山とれるかぼちゃにユーモアな顔の穴を開けて火を灯すランタン代わりにしたのです。
火はサーオインの祭にとって凄く重要で、死者を慰めるために必要と考えられていました。
 「まぁ可愛いフクロウだこと」
真っ白なフクロウは一番小さな魔女のお供です。
 「こんばんは、シュヴァンクです」
お利口なシュヴァンクは簡単な人間の言葉なら話すことができます。
 「まぁまぁ、フクロウの声なんて初めて聞いたよ。なんてお利口で可愛らしいの!」
 黒猫やコウモリや蜘蛛など魔女のお供はこぞって真っ黒い子達ばかりの中に、白い喋るフクロウが来たものですからそれはそれは珍しくて、大人気です。魔女達は少しでも懐いてもらいたくて、虫やミミズなどをシュヴァンクの前にぶら下げます。飼い主の小さな魔女は
「それじゃダメです、シュヴァンクのお気に入りはネズミですから」
 と得意げに言い放ちます。それを聞いた黒猫はあんないけ好かない真っ白いフクロウにネズミなんてもったいないと思いました。
 さて、夜もだんだん深くなって来ました。
 魔女の大晦日もそろそろおしまい。朝日が登る前には皆ホウキに乗って帰らなくてはいけません。近頃ではホウキは目立つので、車やバイクで来る魔女もいるんですけどね。
 だんだんと人が少なくなっていって、だれもいなくなると、それはまぼろしの祭になります。あれは今朝まどろみの中で見た夢だったのかもしれない。もうぼんやりとしか思い出せないくらい。うっすらとただ楽しげな笑い声がこだましていたような。
魔女達はそんな冬の始まりの朝を迎えるのです。


                おしまい

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