#73 あしたの自分を探しにいこう(1)

人生において仕事は不可欠である。

現在学生をしていたり、長い労働人生を終え蓄えた財産で余生を過ごしている人の一部の人たちにはもしかしたら不用かもしれない。

しかし、多くの人は社会生活の一部に仕事は組み込まれている。以前芥川賞作家の村田沙耶香さんがインタビューで、芥川賞をとったのでこれからは執筆活動に専念するためにコンビニのバイトはやめますかと聞かれ、コンビニで働いている自分が好きなのでおそらくやめないですと話されていました。

仕事が単にお金を稼ぐ=生活のためという側面だけではなく、自分と社会がどう係わるかにも一役をになっているようにもみえます。

では、より良い仕事とはどんなことをいうのでしょうか。

偶然の出会い


ある日のこと、ビジネスマンが空港に訪れるとひどい吹雪のせいで足止めされてしまった。季節外れの降雪のために除雪機は倉庫にしまわれていたので滑走路の雪を取り除くのは翌朝になるということだった。

彼は仕方なくスーツのまま床に座り込み、バックにもたれながら遠くをぼんやりとみていた。少し離れた場所で子どもたちが遊んでいると、近くにいた老人が子どもたちのお遊戯係を買って出た。

老人は70歳前後で恰幅がよく、格子縞のズボンにポロシャツとループタイといった格好でふらりと歩いている。

飛行機が飛ばず不機嫌なビジネスマンはこの老人に対して、子どもをカートにのせていないで、己の余生でも考えていろと思っていた。そんなことを思われていることも露知らず、老人は子どもをカートにのせ、あっちへこっちへと押し続けている。

それをみていた周りの大人たちは和やかに笑っている。

ただ一人不機嫌そうにふてくされたビジネスマンを除いては。

しばらくすると老人は息を切らしてしまった。へたり込みながら歩く老人は、なんと空港内で唯一ブーイングをしていた(心の中で)ビジネスマンの横に腰を下ろした。荒くなった呼吸を整えながら老人はビジネスマンに話しかけた。

「(ゼイ、ゼイ・・)やあ、やあ、こんにちは」

ビジネスマンが返答をする前に、先ほどおもりをしていた子どもたちの話を矢継ぎ早に話し出した。それが終わると、つまらないジョークを何度か言い、しばらくして老人は、ビジネスマンに質問を始めた。

家族はいるのかい、奥さんはどんな人、娘さんは何を目指してしるの、仕事は何をしているの、どんな風に仕事をしているのなど、初対面とは思えないほど根掘り葉掘り聞いて最後にこう言った。

「仕事は楽しいかね?」

ほんの一瞬、ビジネスマンの身体がびくっと揺れた。感情が揺さぶられたのだろうか。

するとビジネスマンは疲労がピークだったのか、翌朝まで飛行機が飛ばないことによるストレスなのか、不思議と初対面の老人に胸の芯(底)にある日々の苦しい思いを話し始めた。

「わたしは35歳で、かれこれこの仕事をはじめて15年になります。それでも、この15年に何を誇れるようになったか、何を成したのかと言われれば、言えることは一つしかありません。

それは【そこそこの給料をもらっている】これだけです。

わたしは毎日真面目に一生懸命働いています。それでも、一向に出世できません。そのことを口にすれば、まわりはこう言います。【仕事があるだけいいじゃないか】って。それを聞いたわたしは、それじゃまるで、生きていることが死んではいないだけだと、言われているみたいに感じました」

肩を落としビジネスマンは沈黙し老人をじっと見た。

老人は何も言わず目くばせで続きを話してくれと促した。

「同僚はみんないい奴ばかりです。問題は人でも仕事でもないんです。わたしの仕事は忙しくありません。たとえ大変な時でも仕事だと割り切っていますから。

それでも退屈と同時に不安も覚えます。周りを見れば気の滅入るようなニュースや友人のリストラにあった話など、今ここにいるだけで感謝しなくちゃいけないのにどこかやりきれない思いでいっぱいなんです」

老人は熱心に聞いていた。ビジネスマンが思いのたけを吐き出すと、しばらく老人は瞳を閉じて眉間を指でつまみながら考え込んだ。通行人から見ればしゃがんだ版ロダンの考える人のように見えただろう。

ほどなくして老人は口を開いた。

「君の話を聞いて経済的な変化が個人にどんな影響を与えるかがわかった。もっとも、いい影響をもたらされたという話は聞いたことがないがね」

「そうだ君の話を聞いて思い浮かんだことがあるんだ。たしかエドナ・セント・ヴィンセント・ミレーの言葉だ。

エドナ・セント・ヴィンセント・ミレー:アメリカの詩人

【人生とは、くだらないことが一つまた一つと続いていくのではない。一つのくだらないことが<何度も>繰り返されていくのだよ】

そう言うと老人は大袈裟に笑った。ビジネスマンには何が愉快なのかさっぱりわからないがとりあえず愛想笑いで応えた。

「おっと、ちょいとお手洗いに行きたくなったんで席を外すよ、すまないね。また戻ってくるからね」

老人は遠くにあるレストルームに消えていった。すると、少し離れたところで老人とのやりとりを見ていた意識高い系の女性が近寄ってきた。なにやらそわそわ辺りを見渡しながらビジネスマンに話かけた。

「ちょっと失礼。あなた、先ほどの御老人のお知り合い?」

それを聞いたビジネスマンは、老人がビジネスマンと会う前に空港内で何かやらかしたのかと思った。

「いえ、さっき知り合ったばかりですが」

女性は心底がっかりした様子だ。

「なんだ、残念。あなたあの人が誰かご存じないの?彼はジャック・エルドーといって巨大企業の経営者や個人実業家、ときには政治家までもが彼にコンタクトをとり助言をうける超大物なのよ」

両手を開き一度空を仰いだ後、彼女はそそくさと空港の入り口の方に向かって歩いて行ってしまった。

ビジネスマンはぽかんと口を開き、しばらく身動きがとれなかった。

全身に走る微量な電気、自己の想像する大物とのイメージの乖離、そして自分のふがいなさを彼に話してしまった落ち度、幾重にも重なった思いが彼をそうさせた。


つづく


参考文献「仕事は楽しいかね? ディル・ドーテン著」

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知花莉沙さん画像を使用させていただきました。

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no.73 2021.7.2

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