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#82 行列の公平性

昨今、メルカリやラクマなどSNS上でフリーマーケットが賑わいをみせている。自分にとって不要なものを捨てるのではなく誰かに再利用してもらうことで廃棄コストをゼロし、金銭に変換する。

これはSDGsの観点からも良いように思える。

しかし、メルカリなどでは過去に現金を売りに出したり(消費者金融で借りられない人のためのサラ金)転売目的のためにライブのチケットを買い高額で売りに出したりとモラルハザードも起きている。

モラルハザード:倫理の欠如。倫理観や道徳的節度がなくなり、社会的な責任を果たさないこと

自由市場では、売り手と買い手が合意できれば契約は成立するので問題ないいはずだ。例えば、太郎が購入した限定の時計を誰かが買値の10倍以上で買うといった場合、買い手が10倍以上の金額を喜んで払い、太郎がその金額に納得して売るのならば、他人にとやかくいわれる筋合いはないはず。

しかし、その時計が限定10本で、太郎は自分が欲しくもないのに、その後金額が跳ね上がることを理解したうえで発売の何日も前から寝泊まりし、本当に欲しい人に販売するために購入していたのだとしたらどうだろうか。

少なくとも褒められたものではなく、本当に欲しい人たちから反感を買うことになるだろう。

では、どこまでが市場で売買されることに理解をえられ、どこまでが市場で売買されることに理解されないのだろうか。


-行列に割り込む-


case1


ニューヨークシティのパブリックシアターは毎夏、セントラルパークで無料のシェイクスピア劇を上演している。夜の公園のチケットは午後1時から入手可能となるため、その数時間前から行列ができる。

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引用:いらすとや

2010年に『ヴェニスの商人』でアル・パチーノが主演した際は、多くの人がチケットを得て彼の演技を観たいと思った。

しかし、多くのニューヨーカーは行列に並ぶ時間がなかった。『ニューヨーク・デイリー・ニューズ』紙が報じたように、こうした状況は零細産業を生んだ。

便利さのためにお金を払う気のある人を対象に、行列に並んでチケットを取ってあげようと申し出る人々が現れた。こうした<並び屋>は、情報サイトに自分たちの広告を出した。行列に辛抱強く待つ代金として、彼らは忙しい顧客に対し、無料の演劇のチケットを1枚につき15000円も要求した。

演劇側はお金を取る<並び屋>に商売をさせまいとして、こう主張した。

「そうした行為は、セントラルパークで上演されるシェイクスピア劇の趣旨にふさわしくありません」

case2


アメリカでは医療を受けるには長い待ち時間がつきもので、医者の予約は数週間前、ときには数カ月前に入れなければならない(日本では公的医療制度があるが、アメリカは先進国のなかでもまれな公的医療制度を持たない国のひとつだ)。

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引用:いらすとや

予約した日時に病院に訪れても、待合室でしばらく待たされるかもしれないし、挙句の果てに、わずか10分であわただしく診察してもらうだけだ。

その理由は、保険会社が一次診療医の日常的な予約診療にあまり報酬を払わない点にある。開業医はまともな暮らしをするために、3000人以上の患者を抱え、一日に25~30もの予約を大急ぎでこなすことが多い。

多くの患者と医師がこのような仕組みに不満を持っている。医師が患者を理解し、質問に答えるための時間がほとんどないためだ。

そこで、多くの医者は「コンシェルジュ診療」として知られる行き届いた医療を提供している。患者は16万5000円~275万円ほどの年会費を払えば、当日あるいは翌日の予約、待ち時間なし、余裕のある診察、携帯電話による医師への24時間アクセスを保証される。

1996年シアトルで設立されたMD2では、一人あたり165万円の年会費で「主治医への無条件、無制限、独占的なアクセス」を約束する。

ここでは一人の医者が担当するのは50家族。同社はウェブサイトでこう説明している。

「わが社が提供する利便性とサービスレベルを維持するには、選ばれた少数の方々の診療に専念することが不可欠です」

患者の大半は「CEOや企業のオーナーであり、彼らは医院に行くために一日のうち1時間をつぶすのをいやがる。かわりに、オフィスや自宅で個人的に治療を受けることを望む」


case3


日本でも医療機関の一部では、予約診療に一定の金銭が加算される。

1996年4月1日からの診療報酬改定により、医科の予約診療に対して予約料の徴収が認められました。当クリニックでも改定に伴い、予約をお取りになられた患者さまのうち、予約時間から30分以内に診療が開始された患者さまには予約料(診療科ごと550円(税込))をお支払いいただいております。もちろん予約されていなくとも診療はうけられます。
直接来院されて総合受付へお申し込みください。詳しくは下記の具体例をご参照ください。

*上記は某総合病院の案内文である。法的に違法ではないので病院名を記載しても良いのですが伏せておきます。

このような病院で予約時間から大幅に遅れることはないはずだ。(正確には30分以内)なぜなら、病院の経理部は医師に対して徴収可能な金銭を確実に得るために働きかける可能性があるためだ。

医師は現場の状況をみて予約時間の猶予に間に合わないとすれば、サイクルを早くするためのインセンティブが働く。医師本人としては不本意かもしれないが、病院側としてそのように動かなければ自身の評価に関わってしまう。

例えばこの病院に予約なしで診療を受けようとすれば、待合室でいくら待たされても文句は言えず、それに抗議した場合、「それが嫌であれば予約をしてください」と言われるだろう。

case4


大阪にユニバーサルスタジオジャパンがある。ハリーポッターの城やジョーズ・スパイダーマンやミニオンといった人気のアトラクションが多数ある施設だ。

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引用:いらすとや

ここではユニバーサル VIP エクスペリエンスと呼ばれるチケットがある。1人25万5千円(税込み)払えば、専任ガイドがご要望に合わせて、あなただけのパーク体験をカスタマイズしてくれる。待ち時間もなくどのアトラクションにも乗ることができ、昼はパーク内のレストランで食事をし、夜のパレードは特別鑑賞エリアへ案内される。

ユニバーサルスタジオジャパンの1日券は8200円(税込み)である。つまり、通常の1日券の約31倍の金額を払えばVIPとして施設は迎えてくれる。

また、この施設ではアトラクションに待ち時間なしで乗るためのパスが販売されており、ユニバーサル・エクスプレス・パス3・USJエクスプレスパス4・エクスプレスパス7といって、価格がそれぞれ5,600円~14,600円7,800円~16,800円10,800円~21,800円となっている。そしてすべてのアトラクションを1回づつ待ち時間なしで乗れるユニバーサル・エクスプレス・パス ~プレミアム~の値段は20,500円~37,200円する。

もちろん入場券は含まれてはいない。並ばずに乗るためだけのチケットだ。


-行列とはなにか-


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引用:いらすとや

いくつかのケースをみてきた。どのケースも行列に関する話だ。

誰でも長い行列の最後尾に並びたいとは思わないだろう。いつになるかわからない順番を待っている間の時間は無駄なように思え不快になる。時間に追われた現代人なら尚更だ。

しかし、行列に並ぶことで得られる権利を、行列に並ばずに並ぶであろう時間を金銭と交換し、同等の権利をえることが何が悪いのだろうか。

多くの経済学者は何も悪くないという。

彼らは、市場は行列に優越するという主張には二つの論拠がある。

一つは個人の自由の尊重にかかわるもの。もう一つは福祉、社会効用の最大化にかかわるものだ。

前者はリバタリアンの議論である。人々は、他人の権利を侵さないかぎり何でも自由に売り買いするべきというもの。同意した成人の選択を妨害することによって、個人の自由を侵害すると考えているのだ。

後者は功利主義的なもので、市場取引は売り手と買い手に同じように利益をもたらし、そうすることでわれわれの集団的福利、すなわち社会的効用を向上させるという。

前者の主張によれば、人々は他人の権利を侵さないかぎり何でも自由に売り買いすべきであり、たとえそれが売春であろうと人間の臓器であろうと同じとみなす。

そのため、リバタリアンはダフ屋行為を認めている。

ダフ屋行為における売り手と買い手の売買の自由を侵害しているためだ。

後者の主張によれば、ケース1のように<便利さのためにお金を払う気のある人>が、<並び屋>と取引することで、双方の福利が増大する。

<便利さのためにお金を払う気のある人>は、行列に並ばずにシェイクスピア劇を観るために15000円払うことで、福利が向上するだろう。

<並び屋>は、行列に並んで15000円稼ぐことで、彼の福利は向上するに違いない。もし、行列に並びチケットを手にできたとしても、買い手がいないのなら彼は、そのような行為をはじめからしないだろうし、取引の結果、双方の福利が向上し、2人の効用は増大する。

経済学者が自由市場は財を効率的に分配するというのは、そういうことである。

しかし、自由市場の議論が正しいとすれば、ダフ屋や行列代行会社が、行列の健全性を侵害するとして非難されるのはおかしいはずだ。

むしろ彼らは、称賛されるべきである。

それでも社会はこうような行為に反感を示す。

なぜならそれは、行列の健全性にかかわるものだからだ。

行列によって順番が決まる場合、先着順であれ、一定の条件下のもと行われたものであれ、それらは公平性が保たれている

例えば、5日後の午前9:00からアーティストのライブチケットがある店舗の店頭で予約開始だとして、告知を目にしたすべての人が同じスタート地点からゴールを目指すことができる。

そのチケットが欲しいものは、努力や熱意によって何日も前から寝泊まりをしてその熱量を他者に示す。後からやってきた人は、自分よりも前に人がいることを残念がるだろうが、その熱量に感服し納得するだろう。

しかし、<並び屋>を使いチケットを購入したものはどうだろうか。自身の財力を使い公平性を侵害し、チケットを買いたい人たちのプライドをも侵害するだろう。

そして、そのようなことが常態化したらどうなるかといえば、ファンは誰一人として並ばず、並んでいるのは皆<並び屋>となり、チケットは高額化の一途をたどることになる。

アーティスト側からすれば、自身のライブチケットより、市場の<並び屋>の報酬の方が高くなり頭を痛めるだろう。そうして憂慮したアーティストは、チケットの価格自体を上げて対抗するだろう。

これにより市場における正当な価格となり<並び屋>は仕事ができなくなり問題解決になるかもしれない。

しかし、その頃にはライブのチケットは高額になりすぎて、アーティストが届けたい人たちには届かず、富裕層の娯楽に成り下がるのである。

ケース3やケース4をみればわかるように、日本においてもこのような兆しが見え始めている。

それは、社会の2極化が進んでいる証拠ともいえる。

商売は薄利多売よりも、厚利小売の方が利益率は高い。ならば富裕層に向けて商売をした方が数は少なくて良いし売り上げも大きく魅力的だ。

しかし、アメリカの資本主義をみればわかるように、上位1%の所得が全体の99%を占め、社会の2極化はさらに酷くなっている。前日、ニューヨークに拠点を移した渡辺直美さんが、

「朝、目玉焼き2つとアボカドのせたパンとツナサラダ7000円。びっくりしました。マジで70ドルしたんですよ、2人で」

と話され、成功した人しか住めないと笑っていました。

渡辺直美は日本では十分すぎるほど成功者だと思いますが、そのような彼女がそのように発言しています。

はたして自由市場主義を進めることが、功利主義のいう「最大多数の最大幸福」は達成できるのかどうか甚だ疑問である。

このように資本主義の欠陥が見え始めた昨今、共産主義や社会主義の方がマシなのか考えてしまう。それについても今後、詳しく考えていかなくてはならない気がします。

おわり


参考文献「それをお金で買いますか 市場主義の限界 マイケル・サンデル著」

最後まで読んでいただきありがとうございます。

小麦さん画像を使用させていただきました。

毎週金曜日に1話ずつ記事を書き続けていきますのでよろしくお願いします。
no.82 2021.9.3

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