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#66 希望を蝕む薬

わたしたちは、日常的に薬を服用する。

それは、アレルギーを緩和させる薬であったり、炎症を抑えるためのものなど様々だ。経済が豊かになる前は薬は、安価に購入できるものではなかったので、薬を飲むことで助かる命も助からなかった。

しかし、昨今では薬局で購入できる薬も、処方箋で医師が管理する薬に近いレベルまで、薬の効き目も強いものが多くなった。このような薬は、体調を改善させるため、または症状を緩和させるものなのだが、社会の人々が健康になり、薬が不必要になれば困るのは製薬会社になる。

高い使命感と倫理を掲げ、製薬会社は活動しているように見える。だが、難病であっても患者の分母が多くならなければ研究費に対しての見返りが合わずできる可能性のある薬も開発されないのが現実だ。

企業理念と営利企業のジレンマはどの分野においても起こることなので理解できるが、人体に関連した命に係わる分野で利益主義に走られると社会に暮らす多くの人々の命を危険に晒すことになる。

禁断の薬


ライル・アルザードは1949年4月3日、ニューヨーク市ブルックリン区でイタリア系及びスペイン系の父親とユダヤ系の母親の間に生まれた。不在なことが多い父親と働き過ぎの母親に生まれ、非常に問題のある子供時代を過ごしていた。

彼の持つ攻撃性を良い方に向けようと、スクールフットボールのコーチの助けを借りて、効果的なディフェンスラインマンとしての地位を確立した。その甲斐もあってかアルザードは全米高校フットボール選手に選ばれた。

これをきっかけに彼はNFLの選手になる夢を持つようになった。しかし喜びとは裏腹に、内心では自分はNFLの選手になる器を持ち合わせていないと不安と常に戦っていた

1969年、彼はサウスダコタのヤンクトンカレッジに在籍すると、周囲の選手と自分を比較し、「こんな小さな学校のなかでも、自分は決して大きいとはいえない」と気づき、何か方法はないかと考えた。

そこで思いついたのがステロイドの服用だった。アナボリックステロイドは筋肉増強剤として使用されることが主で、ドーピング薬物として知られる。短期間での劇的な筋肉増強を実現するとともに、常態で得ることのできる水準をはるかに超えた筋肉成長を促す作用がある。

これをきっかけに彼のプレーは勇猛果敢で輝かしいアメリカンフットボール生活を送ることができた。しかし、それを服用し始めてから次第に服用するステロイドの量も多くなった。それでも彼は、勝ちたいという気持ちが強く、ステロイドの服用を絶つことはできなかった。

モンタナ工科大学との試合で、相手オフェンスを圧倒している姿をデンバー・ブロンコスのスカウトが見ており、彼は1971年のNFLドラフト4巡目でブロンコスに指名され入団することになった。

夢にみたNFLの選手になれたのである。

ルーキーイヤーである1971年、ブロンコスの先発右ディフェンシブエンドが負傷すると彼はそのポジションを奪取し、60タックル、8サックでオールルーキーチームに選ばれた。その後も順調に活躍をし、1978年には第12回スーパーボールに出場を果たし、同年翌シーズンにはNFL選手会の投票で、AFC最優秀守備選手に選ばれた。

その後、1985年に彼は引退した。

スタープレイヤーを卒業し、悠々自適に暮らすはずだったが、運命の歯車は動きだし始めてしまった。現役時代のままの肉体を維持したいせいなのか、弱っていく感じに耐えられなくなり、ステロイドの服用をやめることができなくなってしまった。

引退後の数年に、何もしないことに耐えられなくなり、彼は現役復帰を決意した。しかし、41歳の現役復帰はNFLでも前例のないことだった。

老いていく身体を好調状態に仕向けるためにはステロイドだけでは満足ではなく、さらに遺伝子工学で的に作り出されたヒト成長ホルモンを使いはじめるようになった。

成長ホルモンは脳下垂体でつくられ、からだのいろいろな場所で作用を発揮する。成長期や思春期に、筋肉や骨の成長を促し、内臓や免疫系の発達にも影響を与える。1980年代はじめに、新しい遺伝子工学的技術を使って、このホルモンの遺伝子がクローン化され、大量生産できるようになった。

ヒト成長ホルモンは、バイオテクノロジー産業によって大量に生産販売されるようになった、はじめての生体物質である。このヒト成長ホルモンは、からだの発育に広汎な作用があると考えられるが、法的に認められていたのは、脳下垂体機能低下の小人症の治療だけだった。(アメリカ)

アスリートのなかには、このホルモンが筋肉の形成と強化に役に立つと考える者もいた。そのため、ヒト成長ホルモンが遺伝子工学的に生産可能になると、闇市場を経て多くのアスリートの手に渡り、強化剤として使用されるようになった。

そして、ヒト成長ホルモンには、さらに大きな利点があった。

それは、ステロイド剤と異なり、薬物検査によってもその服用が検出できないことである。そのような違法的努力の甲斐もなく、アルザードは膝の故障で断念せざるを得なくなった。アルザードは復帰することができないことが濃厚になったため、ステロイド剤やヒト成長ホルモンのを服用をやめるように思えた。

しかし、ひと月に何千ドルものお金がかかるにもかかわらず、彼は服用をやめなかった。そうしてしばらくすると、めまいやモノが二重に見えたり、運動障害や言語障害などの症状を繰り返し訴えるようになり入院するはめになった。

だが、どこにも悪いところは見つからなかった

二度目の入院をすることになってはじめて、非常に稀なT細胞リンパ腫型の脳腫瘍に冒されていることがわかった。このときのアルザードの担当医であるロバート・ホイジンガ医師は、ステロイドと成長ホルモンの服用が原因だと確信し、アルザードもそう理解した。

「筋肉増強ステロイドには発がん作用があり、成長ホルモンにはがんの成長促進作用があります」と述べた。

そしてこのことにより彼は、スポーツ・イラストレイテッド誌に「わたしは嘘をついていた」という題で、告白文を掲載した。表紙に大写されたのは、輝かしいプロフットボーラーの姿ではなく、やつれて貧相になった怯えた目のライル・アルザードだった。

現役時代に否定し続けたステロイドとヒト成長ホルモンの大量使用を認めたのは、自分のように勝利に執着しすべての手段をとった男の末路を晒すことで、かけがえのない生命を護るための行為だった。彼はこの記事の最後にすべてのアスリートに向けてこう警告している。

「もし、ステロイドや成長ホルモンをやっているならすぐやめろ。わたしもそうすべきだった」

この後も、ステロイドや成長ホルモン服用による危険を社会に訴え続けたが、1992年5月に死亡した。


希望を蝕む薬


現在認められている適正な使用法
 成長ホルモンの安全性と有効性が確立していて、保険適応になっているのは、以下の病気です。

小  児


対象になる病気* 成長ホルモン投与量    (mg/kg/週)**
成長ホルモン分泌不全性低身長症       0.175
ターナー症候群               0.35
慢性腎不全に伴う低身長          0.175 →効果不十分の場合0.35
軟骨異栄養症(軟骨無形成症・軟骨低形成症) 0.35
プラダー・ウィリー症候群          0.245
SGA性低身長症 0.23 → 効果不十分の場合   0.47

引用:日本小児内分泌学会

だが、アメリカでは毎日何千万人もの子供に対して使われているという事実がある。そのような子どもたちは、ホルモンを自ら望んで服用しているわけでもなく、ボディビルで優勝を目指しているわけでもない。

彼らは、両親により子どもの家庭医によって処方されるのである。このようなかたちで子どもに成長ホルモンを与える場合の多くは、NFLの選手やボディビル選手の服用と同様に、違法行為である。

それでは何故、こどもたちに両親は成長ホルモンを与え、服用(注射)させるのであろうか。

それは、単に自分の子どもの身長が低すぎると両親が思うためである。

では、健常な子どもが成長ホルモンを服用(注射)して効果があるのだろうか。残念ながらそのようなエビデンスはなく絵空事だ。

また、ひとたび成長ホルモンを服用し始めるとやめられなくなり、結果的に成長が遅滞しまう可能性もある。

国立健康保健所(NIH)は「成長ホルモン欠乏症でない子どもが成人身長に達する前に、成長ホルモン注射を止めると、注射をする以前よりもずっと成長が遅れてしまう可能性がある。この理由として、余分の成長ホルモンの投与によって、自分自身のカラダがホルモンをつくり出すことを一時的に停止することが考えられる」と述べている。

無駄に莫大な投与費だけがかさみ、何一つ結果は出ず、それどころか心理的にも身体的にも負担がかかるということは、本末転倒である。


彼らに言おう。「生命は機械ではない」


おわり


参考文献「生命に部分はない A・キンブレル著」

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kukuさん画像を使用させて頂きました。

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no.66 2021.5.14









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