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紫陽花
2015年12月12日 17:17
――からん。「うわ。ほんとに匙投げたやつがいるよ。」「……だめだ。」「だろうねえ……。」「どうにもならねえ。」「……じゃあどうする?」「俺は、」 真夜中。顰めるようにほんのりと明かりを灯し、その中での作業。 その日は別に、普通に涼しい日だった。 激しく体を動かしたわけではないが、汗が滴る。息も少し荒い。というか吐き出されるため息。それでもまだ諦められない。それ故に焦燥の息。
2015年12月11日 20:45
「お前って、本当につまらない従者だよなあ。」 この館の若き主である少年は言った。「と、仰いますと。」 それに応えるは主の忠実なるしもべ。 こうべを垂れて、その身に似つかわしくない豪奢な椅子にふんぞり返って腰かける主に、丁寧に低頭する。 まさに、従者の鑑。「そういうところがだよ!」 うら若き主は、感情の起伏が大変激しかった。 慣れているのか、従者は主が立ち上がって指をさしてくるも、ま
2015年12月10日 21:02
余計な音を拒んだ場所。薄暗く落とされた照明。少し肌に冷たい空調。 そして、古臭い紙の匂い。 辺りは人の気配より、本の存在感の方が、圧倒的に勝っていた。 それらは固定の主を持たず、ここを訪れた生徒たちに次々と手に取られては、またここに戻ってくる。 ここは、公立にしては蔵書の多いことで有名な、中学校の図書室だ。 狭い足場を囲む、整頓された本の壁。 見慣れた景色。嗅ぎ慣れた匂い。外から聞こ
2015年12月10日 11:26
彼はいわば《灰被り娘(アッシェンプッテル)》だったのかもしれない。 少なくとも彼自身は、今まで味わったことのないような生活へと一変し、彼が満足するような世界へ行けたのだから、その例えに大きく頷いてくれることであろう。 彼は扉を開き、階段を上り、壁を越えたのだ。 何の変哲もない、貧しい心に灰を被る日々。そこに現れた硝子の靴。 けれど靴は、彼にしてみれば《赤い頭巾の少女(ロートケープヒェン)
2015年9月21日 16:29
ちちおやなんかいないよ。――クソっ。 うーん?霞(かすみ)は……おとこのひと。――っ。 がっ。「あのクソ女。」 壁に打ち付けた手は、その時は痛くなんかなかった。 しかし、匂いがすると思ったら、血が滲んでいた。匂いには埃っぽさも交じっていて、あの場所が脳裏を過った。 廃れた家やアパートしか並んでいなかったあの住宅街は、俺には奇妙な場所にしか感じられなかった。 だ