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【Review】2021年J1第12節 川崎フロンターレVS.名古屋グランパス「リスクヘッジとして機能したノルマ3得点」

はじめに

 2021年J1第12節の川崎フロンターレは、3-2で名古屋グランパスに勝利しました。3点リードするも2点の反撃を許す展開でヒヤリとしましたが、なんとか逃げ切りました。これで開幕14戦負けなしとなりました。

 一方の名古屋は2連敗。しかもこの2連戦の前まで3失点だった堅守を崩され、2試合で計7失点。それでも前節とは異なり2点を返す意地を見せたことは、次節以降に繋がるでしょう。

前節から継続の3ボランチ

 リーグ戦では珍しい連戦となり、初戦の敗戦を受けて名古屋がどう変化をつけてくるのかは一つの注目でした。まず前節途中に変更した3ボランチを継続して採用しました。コンカコーチのコメントにもあるように、川崎の中盤3枚に自由を与えない意図があったのでしょう。

コンカコーチ「中盤で主導権を握らせ過ぎない。そこが川崎が良いプレーをする要因になるので、そこでやりあうことを考えました。こういう結果なので、相手をどうこう言うことではないですが、いつもほど伸び伸びとサッカーをやっている感じではなかったと思います。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2021 J1リーグ 第12節 vs.名古屋グランパス」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2021/j_league1/12.html>)

 さらに前節に引き続きシミッチへの警戒は強く、自由にボールを持たせません。稲垣か長澤が必ずマークにつき、ビルドアップを阻害していました。その分川崎のCB、特にジェジエウへのプレスは弱まりましたが、そこはある程度許容する守備設計となっていました。
 川崎としてはジェジエウからチャンスを作れるのが理想的でしたが、そこは名古屋の守備が立ちはだかります。名古屋としては彼にボールは与えつつも、パスコースを塞ぐことで選択肢は与えません。またスペースがあるととりあえず前に運ぶジェジエウの癖を利用して、ボールを奪うシーンもありました。

 前節と異なっていたのが1トップに山﨑を配置したことです。前回はプラン変更もあって早々に山﨑を下げましたが、今回は柿谷ではなく山﨑を1トップに起用。これにより地上戦だけでなく、空中戦も仕掛けられるようになります。
 中にターゲットがいることによって左からの攻撃にバリエーションが生まれます。この日は左を主戦場としたマテウスには縦を抉るだけでなく、アーリークロスの選択肢もありました。クロスへの寄せが緩みがちな川崎の守備には効果的だったと思います。

前節の2失点目が過ぎった丸山

 前半の川崎はトライアンドエラーを繰り返して名古屋の戦い方に適応しようとしていましたが、セットプレーから先制点を挙げます。論理的に攻めきれない時に、飛び道具一発で得点できるのはやはり強力です。それは名古屋マテウスのFKも同様ですが。

 さらに後半早々に追加点を取ることに成功します。まず三笘が成瀬を抜いた場面ですが、前半から成瀬は三笘に対して体を当てに行くディフェンスをしていました。裏のスペースは中谷もしくは前田がカバーに入るため、積極的に守ることができます。三笘は前半にその傾向をインプットした上で、後半は誘い出そうとしていたと思います。実際得点の場面では距離があって前を向けるにも関わらず、半身で成瀬の寄せを待つそぶりを見せていました。
 以前のレビューで旗手との差異で相手を背負ってプレーできるかを挙げましたが、三笘もこのスキルが向上し、今では強みになりつつあります。多少雑でも背負ってキープできる三笘は、川崎の不安定なビルドアップを陰ながら支えています

 もう一つ「なぜそこに山根」について、まずあのスペースが空くことは事前にスカウティング済みだったと思います。名古屋の右サイドの守備では、SBが抜かれた時に備てCBの中谷が中央を空けることがあります。
 また出来るスペースはおそらく米本が塞ぐ設計なのだと思いますが、人が来てから塞ぐ傾向があります。この試合で言えば、IHの旗手や田中が侵入した場合には、米本にマークされていたでしょう。ただしあの場面ではさらに後方に位置しているはずの山根が侵入してきたため、米本の対応が遅れたのだと思います。
 あとは地味に大きいのが丸山のポジショニング。三笘がボールを持ったタイミングでダミアンのマークを吉田から受け取るためにサイドに少しだけ開きます。これは前節の2失点目のように吉田とダミアンを競らせないためでしょう。結果として丸山は中央のスペースを塞ぐことができず、山根にゴールを許してしまいます。
 さらにあの場面でボールサイドに寄らずに我慢できたダミアンの献身性は評価すべきでしょう。ゴール前にあれだけスペースがあっても、ストライカーとしての想いは抑えて飛び込まず、山根の走り込みを待った自己犠牲の精神があのゴールを生みました。

川崎のミスを見逃さずに2得点

 3点目で勝負が決まったように見えたところから、もうひと展開あったのが今節の見どころです。川崎としては試合のクローズに失敗した感がありますが、その要因の一つが名古屋の高い最終ライン。
 3失点後の名古屋は意気消沈するのではなく、最終ラインを高く保って攻勢に出ます。それに特に苦しんだのが途中出場の知念。彼にはダミアン同様、前線でボールを落ち着かせるミッションが与えられていたと思いますが、主に中谷がそれを許しません。川崎の楔のパスが雑になっていたことも相まって、ボール奪取のポイントにされていました
 同時に川崎の選手には疲労の色も濃く、特にシミッチは何本かパスミスが続くようになります。これはシミッチ自身のキックミスもありますが、一方で受け手の足が動かなかった面もあります。シミッチは足元に収めるパスだけでなく、相手の逆をつくギリギリのパスも出しますが、終盤はこのパスに対して味方の足が追いつかないシーンが何度かありました。その意味では中盤の選手を優先して交代すべきだったかもしれません。

 対して名古屋はミスに乗じて川崎を押し込み、右サイドから反撃を開始します。押し込むことで活きたのが途中出場のシャビエル、齋藤、そして森下。まずシャビエルと齋藤はCB前のスペースでボールを受けることで、川崎の中盤3枚を引きつけ可動域を狭めます。それまでサイドの守備にはほぼ必ずIHがカバーできる位置にいましたが、中央の守備を優先せざるを得ない場面が増えます。
 それによって名古屋は右サイドから数的同数で攻める頻度が増えていきます。その効果が早速出たのが1点目。あの場面はカウンター気味ではありましたが、中央寄りの田中のフォローが遅れたために、後手を踏みました。

 川崎は終盤は塚川と車屋を投入し、なんとか逃げ切りに成功。FC東京戦同様、3得点ノルマのリスクヘッジが生きた試合となりました。特に2失点目のマテウスのFKは防ぎようがないと思います。正確には防ぎようはあると思いますが、あれを塞ぐには過剰にコストを払うことになるため非効率でしょう。それよりは、追加点とってリード広げる方が現実的で、今の戦い方を進めるのが良いと思います。
 他方で1失点目に関しては、自らのミスから招いてしまった面もあるため、改善の余地があるでしょう。試合後すぐに反省会があったようですが、主な議題はこのあたりの話のように思います。

田中に感じる危うさ

 最後に田中碧について少し。リーグ戦を見続けていると最近の田中は勝利の後も不満げな顔を見せることが多く、自身の目指す理想が高いことが伺えます。2019年のブラジル代表、先日のアルゼンチン代表などの強敵との対戦が、彼の意識を何段階も上げているのでしょう。

 最近特に好調だと感じるのが相手を外すターンセットプレーのキック。以前は背後からのプレスをパスで躱すことが多かったのですが、今季はターンによって自力で前を向くシーンが増えました。欠場中の大島や、スタメンを争う旗手や脇坂などが中盤の狭いスペースでも相手を外せるターンを見て学んでいるのでしょう。
 もう一つはセットプレーのキック。現在川崎のプレスキッカーは主に田中と脇坂が担当していますが、フル出場の多い田中が結果的に蹴る機会が多いです。そして慣れてきたのか、名古屋戦2連戦ではともにCKからゴールを演出しており、さらに磨きがかかっています。
 元から豊富な運動量と技術力をベースとしてピッチ全体に影響力を持った選手ではありましたが、最近では上記二つのスキルも身につけ、さらに試合の勝敗に影響をもたらす選手になりつつあります。

 とはいえ、あまり笑顔を見せなくなったことは少し気になります。もちろんDAZNで観戦しているだけで、全てが見えているわけではありません。しかし、たとえばこの日の1点目、CKでアシストした後のチームメイトの歓喜の輪には加わらず、その奥の方には淡々と自陣に戻る田中の姿がありました。
 川崎フロンターレのファンクラブ会報誌『delFino(デルフィーノ)』でも印象的なコメントがありました。

---みなさんは最近何にハマっていますか?
田中「特にない。連戦すぎてそれどころじゃないです…」
(引用元:川崎フロンターレファンクラブ(2021)『delFino』(2),p.9)

 勝手な憶測になりますが、いまの田中はまさに何かを掴みかけている途中なのだと思います。強敵との対戦でアップデートされた自身の理想を追い求めて努力を続け、それが実を結ぼうとしています。それを掴めば、すぐに世界に旅立っていくでしょう。
 ただ一方で、そんな田中の姿に危うさを感じてしまいます。ハイ状態で夢中になりすぎている感じです。ダイビングに夢中になって気づいた時にはエアーがゼロになっている、みたいな怖さです。
 ちょうど最近読んだ漫画『アオアシ』の中でも似たようなシチュエーションがありました。主人公の葦人は何かを掴みかけて覚醒一歩手前の感覚にあるものの、サッカー以外に何も見えなくなっており、家族や友人すら蔑ろに扱ってしまいます。福田監督は危険を承知の上で覚醒を期待して起用しますが、その試合で起こったことは。。。
 と、ここまでにしますが(笑)。何かを掴みかける直前というのは他に何も見えなくなり、側から見れば余裕がないように見えるのかもしれません。いずれにせよ外部の人間がとやかく言える話ではないので、この辺で。

おわりに

 スコアだけを見ると丸山のオウンゴールが決勝点となってしまいましたが、名古屋を奮起するきっかけになったとも見え、あれがなければ引き分けだったというのは少し違うのかなと思います。
 また3失点後も最終ラインを高く保って攻める姿勢を続けたことは今後に繋がるはずです。前節も感じましたが、劣勢時にも自分たちのバランスを大きく崩さずに淡々と攻め返す姿は、リードしているチームからすると落ち着かなかったです。

 対する川崎は天王山を見事2連勝し、名古屋との勝点差を9に広げました。とはいえ3試合少ないマリノスが全勝すればまだ5差なので、メディアで言われているほど独走モードではありません。選手たちも試合後すぐに反省会をするなど気を抜いてない様子ですので、兜の緒を締めて、週末のG大阪戦に臨んでほしいです。

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