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手マンの後に手を洗う男 再び 8話

8話 仲直り


彼は相当空腹だったらしく、
あっという間に完食した。

「あれ?もう食べ終わったの?」
「うん。朝から何も食べてなかったから。
 ごめんなさい。食べるスピード合わせなくて。
 お行儀悪いことして。」
「別にいいよ。
 私こそ食べるの遅くてごめんね。」
「ゆっくり食べて。」
「うん。」

時折強い風が吹いて
さちこの弁当のバランが吹き飛んだ。

「あ!」

彼はすかさず立ち上がってバランを拾いに行って
弁当を入れていたビニール袋に入れた。

「あ、ありがとう。ごめんね。」
「うん、大丈夫。
 すぐそこまでしか飛ばなかったから。」

彼の腰の軽さに懐かしさを覚えた。

「ねえ、今日はここに行くって
 この前私が行きたいって言ったの
 覚えてくれてたの?」
「うん。」

彼は無表情に返事をしたがさちこは嬉しかった。

さちこは照れを隠すように歯にかんで
弁当に顔を戻した。

それからまた彼の顔を見上げて
丁寧にお礼を言った。

「ありがとう。」
「うん。」

彼は何でそんなにさちこが嬉しそうに
お礼を言うのかわからないといった感じで
相変わらずぶっきらぼうだったが、
さちこの嬉しさは伝わったようだった。

その後、さちこも食べ終わって
少しベンチで世間話をしていた。

ひょんなことから東京の地名の話になった。
そして漢字の読み方の話になったので
さちこは今日こそは
あわよくば彼の苗字を聞き出そうと
自然に苗字の話にもっていった。

「人名も読み方色々あるもんね。
 私も苗字変わってるから
 よく読み方聞かれる。」
「そうなの?なんて言うの?」
「言わない。」
「言いたくないの?」
「だって、バート君もこないだ
 名前教えたくないって言ったから。
 名前教えてくれない人には言いたくない。」
「そんなこと言ったっけ?」
「うん、じゃあ別に知られてもいいの?」
「別にいいよ。」
「バート。」
「いや、それは知ってるよ。
 どんな漢字?って聞いたら教えたくないって。」
「。。。」
「言いたくないならいいよ。」
「〇〇の◯に△△の△。」
「へえ。珍しいね。」
「うん。」
「で、苗字は?笑」
「苗字はまた今度。笑」
「あっそ。わかった。別にいいよ。笑」
「ちょっと歩こうか。」
「うん。」

しばらく歩いていると
また満開の桜の木々が見えてきた。

「これは八重桜なのかなあ。」

さちこが呟くと
彼も疑問に思ったようで
すぐスマホを取り出してググっていた。
その姿にまた初面談での懐かしさを感じた。

(そうそう、
 彼は最初の時からそんな感じだったな。)

「これは八重桜の一種で
 八重桜っていうのは品種の名前じゃないんだ。」
「へえ。そうなんだ。一つ勉強になったね。」

さちこはパシャパシャと
桜の木や景色の写真を撮っていた。

彼と一緒に写りたいと思わなかったので
一人で桜をバックに自撮りしていた。

しばらく歩いていくと
休憩所みたいなところがあった。
自販機とベンチが並んでいた。

「ちょっとここで飲み物買う。」
「うん。あ、コーヒー飲みたいなあ。」
「買う?」
「うん。私、小銭あるよ。」
「いいよ。はい、欲しいやつ押して。」

さちこが飲みたい缶コーヒーのボタンを押すと
彼はスマホをかざして決済した。

「ありがとう。」

ベンチに座って少し休憩した。
彼はコーヒーが苦手と初面談で言ってたから
これまでさちこはコーヒー中毒を隠していたが
今日はそんなこともすっかり忘れて
コーヒーを味わっていた。

「で、苗字のヒントちょうだい。笑」
「えー。笑」
「メジャー?」
「うん、めっちゃメジャー。10位には入るよ。」
「そりゃあメジャーだね。」
「うん。」
「じゃあ鈴木さんや佐藤さんではない
 ってことね。」
「うん。」
「出席番号は?前の方?後ろの方だった?」
「前の方。」
「なるほど。。。」

さちこは思いつく苗字を片っ端から述べた。


9話(最終話)に続く。。。

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