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小学校における「マラソン」の課題とその対策案

最近Twitter上で、日本の小学校では当たり前にみられる「マラソン大会」をフィンランドの小学校の校長が視察し、苦言を呈する映像が話題となった(元の動画はYoutubeでも視聴可能)。

他にも「朝マラソン」や「業間マラソン」など、この時期になると各学校でマラソンが始まり、それに合わせるように、一定数必ずいる「マラソン嫌いな子」への同情と学校への批判の声が聞こえるようになる。

本稿は、そのようなマラソン嫌いを生んでしまう現在の学校マラソンの課題を指摘し、その対策となる2つの方法を提案する。

なぜ、マラソンをさせるのか?

そもそも、学校はなぜ子供たちにマラソンをさせるのか?その目的から考えたい。
学校におけるマラソンは「体育」の活動として位置付けられている。したがって体育の目標を学習指導要領でみると、以下のように定められている。

 体育や保健の見方・考え方を働かせ,課題を見付け,その解決に向けた学習過程を通して,心と体を一体として捉え,生涯にわたって心身の健康を保持増進し豊かなスポーツライフを実現するための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
(1) その特性に応じた各種の運動の行い方及び身近な生活における健康・安全について理解するとともに,基本的な動きや技能を身に付けるようにする。
(2) 運動や健康についての自己の課題を見付け,その解決に向けて思考し判断するとともに,他者に伝える力を養う。
(3) 運動に親しむとともに健康の保持増進と体力の向上を目指し,楽しく明るい生活を営む態度を養う。
 この目標は,(1)~(3) の目標が相互に密接な関連をもちつつ,体育科の究極的な目標である,生涯にわたって心身の健康を保持増進し豊かなスポーツライフを実現するための資質・能力を育成することを目指すことを示している。
(引用:H29告示小学校学習指導要領体育科)

太字にした箇所が、マラソンをする上で重視される点であると考えられる。具体的には、
(1)ペース配分やフォームなど「疲れにくい走り」を習得する。
(2)どんなペース配分で走るかを考え、最善を見つける。短期・長期の目標を設定し、そこまでの練習量等を計画し、実行する。
(3)走ることを楽しむ。寒さに負けない体をつくる。より速いタイムで走れるようにする。
となり、これらを目指しながら、『究極的な目標』として、大人になってからもマラソンやスポーツを楽しめる人間を育てるためにマラソンが実施されると読み取ることができる。

しかし、現実には、(1)~(3)にコミットさせる結果、「マラソン嫌い」が一定数生み出されてしまっている。つまり、「コミットのさせ方」が悪く、結果的に『究極的な目標』から遠ざかってしまっているのである。なぜこのような状況が起こってしまうのか。体育がたどり着くべきゴール地点から、現状を眺めてみたい。

「マラソンを楽しむ」とは?

実際に大人になってもマラソン(あるいはスポーツ全般)を楽しんでいる人は、何を楽しんでいるのか。そこには内因的な理由と外因的な理由がある。

【内因的な楽しさ】
走っている最中が楽しい。走ること自体が快楽。
【外因的な楽しさ】
健康増進、体重減、タイムの向上、大会での勝利などの「望ましい結果」のために、苦しさに耐えて努力値を重ねた(頑張った)という充実感・満足感。

そもそもマラソンは、自ら意図的に心拍数を上げる=苦しい状況をつくることであり、明確な目的意識がないと能動的な実施は難しい運動である。つまり、「何のために走るか?(外因的な理由)」が明確に持てないと、自分の意志でマラソンをすることはない。一方で、この外因的なモチベーションをつくれる人は、ある程度走ることに肯定的なイメージを持っていることも事実である。すなわち、内因的な楽しさをある程度見出さないと、外因的なモチベーションすら起こらないのである。

実際に「ダイエットしたい」と決意した人でも、まずは食生活の改善、次に筋トレ、有酸素系の運動にはウォーキングを選択することが多く、外因的な理由があってもマラソン(ジョギング)には抵抗があるという人は少なくない。

「ゆっくり」が楽しいか、「駆け引き」が楽しいか

では、走ることに内因的な楽しさを見出している人は、何を楽しんでいるのか?それは、「快適な速度」で走ることを楽しんでいるか、「競走」を楽しんでいるかの2つである。

1.「快適な速度」でおしゃべりを楽しむスロージョギング
まず1つめの楽しみ方は、最近生涯スポーツとしても人気の高い「スロージョギング」である。スロージョギングは、時速4~5km(ちょっと早歩きするくらいのスピード)でリラックスしながらだらだらと走り、心拍数もさほど上がらず、まったく「苦しさ」を感じないジョギングである。このジョギングを1~2時間など一定に続けながら、その間のおしゃべりを楽しむコミュニティスポーツとしても浸透している。

このようにおしゃべりを楽しみながらゆっくり快適にジョギングをするだけで、エネルギー消費は歩行の1.6倍ともいわれ、ダイエット効果や基礎代謝UPなど健康への貢献も注目されている(これが外因的なモチベーションになる)。さらに、筋肉への負担が非常に軽く、怪我をする心配もほとんどないことから、運動に苦手意識がある中高年にも人気のスポーツである。

2.「競走中の駆け引き」を楽しむゲーム的なマラソン
もう1つの楽しみ方が、駆け引きを楽しむ「ゲーム」としての競走である。100mや走り幅跳びなど、陸上のトップアスリートの試合は、勝負とともに「記録への期待」が大きくある。「100mは誰が勝つか?」よりも「9秒台が出るか?」を期待する視聴者も多い。そのような観方をすると、10000mやフルマラソンでゴールタイムが”最高記録”よりあまりにも遅れ、レースのレベルが低いのではないかと疑念を抱いてしまう人もいるだろう。

しかし、中・長距離のランナーは試合中「タイム」よりも「勝利(順位)」を求めているため、そのようなレースになるのである。タイムを目指すのであれば、自分の100%を等分した「ずっと同じペース」で走るのが最も効率がいい。しかしそれだと、自分より実力の高い選手には絶対にかなわない。そこで、「自分のペース」でいくのか「相手のペース」でいくのかなど、様々な駆け引きをして、「ゲームに勝つ=先頭でゴールする」ことだけにコミットする。

前半から飛ばしてリードを保つ、相手の顔を伺いながらスパートをかけるタイミングを図る、相手の背中に隠れて風をよけて体力消耗を軽減するなど、様々な駆け引きがそこでは行われている。ランナーはこの「頭脳戦」を楽しんでいるのである。もちろんペースが崩れるこの走り方は、心肺機能への負荷がむしろ増える。それにも耐えうる体力・筋力をつけるために、日々のトレーニングに励むのである(これが外因的なモチベーション)。

「学校のマラソン」は何がダメなのか?

ここまで見た上で、もう一度学校の体育で行われているマラソンを評価する。前述の学校におけるマラソン大会を特集した動画でも、日本の校長は「(タイムや順位など)個人の目標に向けて取り組む姿を大事にしている」のようなことを述べている。これは外因的なモチベーションを指しており、その前提となる内因的なモチベーションの有無は考慮していない。

さらに、マラソンへの内因的な楽しさは「ゆっくり快適」か「他者との競走」であるにも関わらず、学校が子供に求めていることは「自分との勝負」である。つまり、自分の目標タイムに向かって自らを苦しい状況に追い込む走り方からは、マラソンの楽しさは絶対にわからないのである。

走ることが元々好きな子供は、おのずと「順位」を目標とし、マラソンを「ゲーム」として周りとの競走を楽しんでいる。しかし、ただでさえマラソンに良いイメージがない子にとっては、マラソンの「楽しい部分」が削り取られた「苦しいだけ」のマラソンを強いられるだけとなり、結果「マラソン嫌い」になることは大いにうなずける。

では、学校はマラソンをどのように扱えばいいのか?

提案①「スロージョギング体験」

マラソンを「苦しいもの」から「楽しいもの」へとイメージチェンジさせるには、やはり前述のスロージョギングを体験させることが有効と考えられる。「これなら自分にもできる」と感じさせ、運動生理学的にも健康な身体への寄与が見込める。

スロージョギングは「ゆっくりだらだら」走り、「おしゃべりを楽しむ」などリラックスであることが必要になる。これは、従来の学校マラソンで教師が指導してきた「私語をせず、自分の最高ペースで一生懸命走る」と真逆の発想になる。また、現在学校で行われているマラソンのほとんどが、10分以内の持久走であり、長時間継続して実施したいスロージョギングが学校のスケジュールに導入できるかは検討が必要である。

提案②「駆け引きを楽しませる授業」

多くの子供は「おにごっこ」を非常に好む。昼休みのおにごっこであれば、心拍数があがって息苦しいはずなのに笑顔であり、チャイムが鳴るまで延々と走り続けることができる。これはおにごっこを「ゲーム(遊び)」として捉えているからであり、逃げる(捕まえる)ために様々な駆け引きをしながら走って結果的にマラソンのような運動になっていても、それがゲームであれば子供は楽しめるのである。

この「駆け引きしながら走る」を切り取った授業を実施し、子供たちに走る楽しさを実感させることが有効と考えられる。具体的には、以下のような設定でゲームを組む。

①4~5人のグループをつくる
②トラックを3周(500m程度)走り、1着にポイントを与える
③走る中で、直線でしか追い抜きが出来ない(カーブでは「詰める」だけ)

こうすることで、6度ある直線のうち、どこで仕掛けるか作戦を立てながら中距離走を楽しむことができる。また、同じメンバーで複数回レースさせることで、前回の結果を踏まえながらより戦略ゲームとしての醍醐味に触れさせることができる。さらに、1着=2P、2着=1Pとポイントを増やしたり、チーム対抗戦にして誰がレースに出るかを作戦立てさせたりすることで、「マラソン」を扱ったアクティブ・ラーニングを実践できる可能性も広がる。

最後に

現在の「一発勝負」のマラソン大会は、やはり改善の余地が大いにあると考えられます。一方で、学校がマラソンで「競走」させること自体が悪いとは思いません。改善すべきは、そのやり方です。

現在は、順位やタイムなど、レースの「結果」に満足することを求めているが、それは外因的なものでしかありません。子供たちに「マラソンって、こんなに楽しんだ」と思わせることが究極的な目標であるとすれば、レースの「最中」が楽しめるような走り方を伝えなければならないと思います。

そのために2つの実践案を提案させていただきました。本稿をご覧くださった方が、1回でも、お試しでも、これを実践してくださったら、あるいは現場の先生方に1人でも伝えてくださったら、私がこれを書いた意味が生まれます。ぜひ、前向きにご検討ください。

最後までお読みいただきありがとうございました。ご質問等ありましたら、遠慮なくお寄せください。

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