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おやすみ日記 (1月23日~26日)

1月23日(日)

『学級閉鎖について』
本校4年~組において児童が新型コロナウイルスに罹患していることがわかりました。現在教育委員会ならびに本校学校医園医とも連携しながら対応を進めているところです。つきましては

4歳児がレゴとシルバニアファミリーをまんべんなく攪拌して散らかしていた日曜日の夕方、私のスマホにこんな不穏なメールが届いて、うちの真ん中の娘、10歳の3日間の学級閉鎖が否応なしに決定された。これ、私のように明けても暮れても自宅におります、ここが生活の場であってかつ仕事場でございますという人間はまだいいのだろうけれど、平日は朝から出勤しなくてはならない、そういう仕事をしている人には相当辛く痛い決定ではないか、これだと致し方なく小学4年生を朝から夕方、親が帰宅するまでひとりで留守番させなくてはならない家も出るだろうし、それって出来なくはないだろうけれど、うちの10歳だと少し心配だ。それといつから世界はコロナに対して

「もう学級閉鎖でいいやないか」

というインフルエンザ的な対応でよろしいやないのという感覚を持つようになったのだろう。最近は世界があまりにもドラスティックに変化しすぎておばちゃんはその辺のことにもうついていけてない。

この日の大阪府の感染者数6219人。

うちにあるのは12歳、10歳、4歳、3人の無辜のいのち達。

1月24日(月) 

10歳より1週間早く自主休園に入っていた4歳の娘もこの日から3日間の、この子の場合は全園休園が決まった。お正月の頃にはやや対岸の火事のような感覚であったものが今や我が城が燃えている感じ。今、世界を席捲しているオミクロンやらは以前の流行していたものよりも罹患して即酷い肺炎を引き起こしてついにはICUに搬送。そんな

『三途の川でバタフライ』

状態であると、まあそこまでは言ってなかったけれど、とにかく重症化の道は辿りにくいのですよと、テレビでややわけ知り顔のコメンテーターが

「重症化はしないものなんですよね?」

なんて言ってはいるけれど、うちの4歳はいわゆる基礎疾患のある子で、1歳になる直前、大抵の子が通る道である突発疹で救急車に乗って病院間搬送された過去があるし、4歳の今だって酸素飽和度、SpO2が85%くらいしかない。酸素を常態的に使っていてもだ。インフルエンザに罹ったって大変なことになるのだから、ウチに限っては軽症が重症なんだよ、何を言ってんだよこいつはと、なんだか急に不安に不愉快になって朝、民法のニュース番組を平和なEテレに切り替える。


10歳は今日から市教から貸与されているタブレットでリモート授業があるからと9時開始の授業の30分前からもう自室でスタンバイをしている。そんなGoogleの恩恵を一身に受けて学ぶ新世代の10歳に

「お母さんが初めて触ったパソコンのOSはWindows95やったで」

と言ったら物凄く不可解な表情をされてしまった。

(Windows?なにそれ食べられるの?)

行政からの貸与であるとは言え、生まれて初めて所有した個人用の端末がAppleのタブレットである人種は、私とは全然違う感覚と視界を持ってこの世界を眺めそして生きるのだろうな。しかし私は最後までビルを裏切るつもりはないの、ビルというのはビル・ゲイツのことですよ。だってMacbookにはbackspaceのキーがないのだもの、その仕様って私にはつらいのだもの。

そんなWindowsを知らない10歳は、カメラをオンにした状態で先生と同級生と顔を合わせて授業をうけるもので、その時お部屋が少し見えてしまうからと朝からせっせと自室のお片付け。100均の白いカゴに筆箱やノートを入れて、ベッドの上にお気に入りのぬいぐるみをいくつも並べたりしていた。

普段は脱いだ靴下もユニクロのダウンコートもその辺に放り投げて素知らぬ顔でいる癖に。こんなに部屋を綺麗に整えられるのならもうずっとリモート授業でええのではないか。


この日、お昼ご飯は豚汁とおむすび、具は鮭とイクラ。

4歳と10歳はイクラが大好物で、それに今日みたいな日には好きなものを食べたいだろうし、お正月の残りのを解凍した。こんなにも未来の見通しの立たない日々をまだ10歳の娘は一体どう思っているのだろう、私がコドモの頃に感じていた大人になる未来と、10歳の考えている大人になる未来はきっと確実に違うのだろうなと、互いのおむすびの中のイクラの粒の数を数える姉妹を見て考えたりした。

お母さんも時代に恵まれたとは言い難い43歳、いわゆるひとつのロスジェネ世代だけれど、この10歳は一体何世代と呼ばれるのだろうか、社会経験や学習機会、遠足とか修学旅行をコロナに理不尽に奪われた、ポストコロナ世代とか呼ばれたりするのかな。

きっと、それはそれでイヤよな。

午後、4歳は突然幼稚園のことを思い出したのか、ソファにいくつもぬいぐるみを並べて、幼稚園のお当番さんの点呼を始めた。

「きょうはおやすみいません!」

この子はお当番の順番が来るのをいつかいつかととても楽しみにしている。

この子もまた時代に恵まれないまま、足踏みの中にあるひとりだ。

この日の大阪の感染者数、4803人。

1月25日(火)

『判断に困る』という項目が多くなったのがこの1月であると思う。

姉の通う小学校の同じクラスにコロナウイルスに罹患してしまったお子さんがいて、そうなると学級閉鎖中に色々なシロクロがはっきりするまで、たとえ10歳が元気で朝からご飯をお代わりしていても外出は控えなくてはいけない、それは理解できる。10歳はこの期間、習い事もすべてお休みして家だ。ウイルスに感染していても無症状だったというのはこれまでにもあったものね。

でもじゃあさ、その10歳の同居家族はどないなるのですか。

4歳は今日大学病院の定期外来がある。状況を鑑みると電話診療という方法もあったのだろうけれど、4歳は毎日服用している薬の薬効を月に1回血液検査をして確認しなくてはいけない。それは4歳が体に入れている人工血管の中に血栓、血のかたまりができてそこを塞ぐことを防ぐためのお薬で、効き過ぎてもダメ、効かなさ過ぎてもダメ、微妙に絶妙な匙加減で主治医処方しているもの。

私は普通の人間だし自宅で血液検査なんかできないし、やれと言われてもやりたくない。

それで、まあ結論としては大学病院には行きました。今日を逃すとあと数日で薬が切れてしまうし。それで例えばその残薬が無くなるのにあわせて予約を取り直してもその時に世界がどうなっているのかは分からない。薬は毎日飲まなければならないのだ、なんと難儀なことでしょう。

一応事情を話したけれど、そのあたりはセーフという判断であって、この日4歳はいつもなら私に手を引かれてしぶしぶ入室する小児外来の処置室に

「ひとりでだいじょうぶ!」

決然とそう言い放ち、私と繋いでいた左手をさっと放して迎えに来た看護師の手を握って処置室に入って行ってしまった。4歳を見送った私は『逃げない』と決めたひとの背中はかくも強いものかと思ったもので、親の欲目であることを承知で言えば、この時うちの4歳は世界で一番カッコイイ4歳だった。

「4歳はえらいねえ、本当にカッコイイよ」

採血の後に貰える小さなシールをひとつ貰ってとくい顔で処置室から出て来た4歳に私はそんな事言ってしまったものだから、ほしたら1階のコンビニに行こかと連れていかれた院内のコンビニで、これは4歳の、これはにぃにの、これはねぇねのと、3人分、山盛りのお菓子を買わされたのだった。

そうして戻った外来の待合室では、この4歳の2人いるうちのひとりで、入院した時の病棟でしか会えない主治医に会うことができた。去年、この娘の大きな手術の後、回復が思わしくなかった娘のために鋭意尽力してくれたその若い先生に久しぶりに会えたことが私はとても嬉しかったし、4歳もそれが嬉しいやら恥ずかしいやらで身体をぐねぐねさせながらそれでも

「4さいちゃん、サイケツがんばったのよ」

アタシ相当頑張ったんですけど?というアピールを忘れず、この若い小児循環器医に大層褒められていた。先生は4歳に握手を求め「手がちべたいで」など言いながら手指の冷感が酷くは無いか血色はどうかを確認していて、誠実とは技術とはいつも細部に宿るのよなと思ったり。そしてやはりコロナについて聞かれた。

「幼稚園どう?無事?」

「だめです、この子の自主休園を決めた翌日に出ました、今全園休園中です」

そうかあ、今どこの幼稚園も保育園もそんなやわ、もう1月はあかんやろな、というのがこの若い主治医の実感と見解だった。そもそもこの先生が外来にいるのだから、入院や検査なんかが結構止まってしまっているのかもしれない。

とにかく気を付けてと言われて、次に呼ばれた診察室ではもう1人の、この4歳を生後2ヶ月の頃から診てくれている、そして私が最も頼みにしている主治医にエコーで4歳の心臓の中に流れ込む動脈血と、勝手に入り込んでくる静脈血、人工血管のご機嫌なんかを確認してもらって、それは「心臓と循環の状態は今とても安定している」という評価ではあったものの

「今なあ、僕のとこの病院えらいことになってるからあんま来んほうがええで」

など言うではないの。このひとは大学病院での外来とは別に個人でクリニックを持っているのだけれどとにかく今、発熱で来る子どもが多すぎるし、その子を連れて来る親御さんの体調も万全とは言い難い場合が多い、だからもう暫くは病院に来るなと言う。それはちょっとした風邪が命取りになる心疾患児を沢山かかえている小児循環器医の、伝家の宝刀

「循環器系疾患患児保護者各位。今、絶対風邪ひかすなよ」

が抜かれた瞬間であって、これは検査や術前に必ず言われることであるけれど結構緊張するものです。だって子どもってすぐに熱を出すしお腹も壊す、そういうモノだと思っているし、このコトバを最初に聞いた4歳がまだ乳児であった時、私は思わす

「えっ、どうやって?」

と聞き返したものだった。だって無理だもの。

4歳のこの日の戦利品はヤングドーナツ、兄の12歳にブラックサンダー、姉の10歳にアポロチョコ、他にもいろいろの駄菓子。セレクトがなんだかなつかしい。

帰りに立ち寄った処方箋薬局で馴染みの薬剤師さんと

「今、やばいですよね」

「今、やばいですよ」

何やら隠語のような挨拶を交わして家に戻る。

この日の大阪の感染者数8612人。


1月26日(水)

朝イチ生協が来る。

凄い量、確実に頼みすぎている。

大丈夫か先週の自分。冷凍食品は山盛りすぎてウチのそう大きくない冷蔵庫の2段目の冷凍庫を圧迫し、普段は買わないようなアルファベットチョコは大袋、バナナにいたっては巨大なヤツが2房。

先週この注文書を書いた時、と言ってもウチはネット注文だけど、とにかくその時は4歳のまた先の長くなりそうな自主休園を決めた時であって、心がとてもすさんでいたのだろうと思う。去年の年末に次の検査入院の予約の話が出た時、3学期の幼稚園行事のために検査入院の日にちを融通してもらったのだけれど、このままだとすべてが水の泡だ。そういう気持ちの時に打ち込んだ注文票は危ない、食べ切れるのだろうかこの量を。

いつも4歳に敬語で話しかける生協のお兄さんがバナナを4歳に手渡しながら

「バナナ好きなんスか?」

とても生真面目な顔で聞いていた。違います、この娘はバナナなんか剥くだけでひとつも食べません。

午後は『教会のクッキーが食べたいの』と言う10歳のために、そして授業中の10歳の邪魔しかしない4歳を台所にひきつけておくためにクッキー作り。

なんてことを書くと母と子の優しい風景ですねと思われそうだけれど、実際は手に付いたバターを壁にこすりつけたり、打ち粉を床に撒いたりすることを楽しむ4歳児との格闘と激闘の1時間。

10歳の言う『教会のクッキー』はずっと昔に町の教会のバザーで買った型抜きクッキーのことで、10枚ほど入った袋に綺麗なリボンがかけられていたあれは、きっと教会の婦人会の面々が日曜日の礼拝の後だとかに集まって焼いたもの。

それはちゃんとしたお店で売っているような、バターを惜しげもなくたっぷりと使ったサクサクとした歯触りのクッキーではなくて、小麦粉の分量に対してバターの分量がやや少なめで、結構硬くてほんの少し粉っぽい、いわゆる素人のお母さんが丁寧に作ったおうちのお菓子。

クマの耳だとか、お花の端がやや欠けているのは御愛嬌。

この時点で、10歳の学級閉鎖の延長が確定した。

4歳の休園期間も伸びた。

この日の大阪の感染者数9813人。

うちにあるのは12歳、10歳、4歳、3人の無辜のいのち達。


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