きなこ
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1年生日記(11日目)
1年生11日目。
小学校の掃除の時間をわたしはあまり好きではなかった。廊下や下駄箱の掃除担当になるとグラウンドからさらりさらりと流れて、もしくは子どもたちの足裏にくっついてやってきた砂がホウキで掃いても掃いても出てくるし、トイレや手洗い場の掃除は、地元が冬はしんと雪の降る北国だったせいもあって手指の感覚が無くなってしまうほど冷たくて辛いし。
広い教室の床を雑巾で拭くのも嫌だった、膝をつきつき雑
1年生日記(8日目)
4月17日
小学校ではひらがなを、あいうえおの『あ』から習う。
わたしもかつて小学生だったうんと昔そうだったので、特に新鮮な驚きというものはそこにはないのだけれど、よくよく考えてみると一体何なのだろうかあの『あいうえお』って。
朝、ウッチャンと一緒に登校して1時間目のおわりか、2時間目の途中頃まで廊下でそっと立って(椅子も用意していただけたけど、座るとウッチャンが視界に入らない)ウッチャンの
1年生日記(7日目)
4月16日
付き添い7日目、7というのは質感、音、形、全てがきれいな数字だと思う。その上、涼しい見た目に反していざ手に取るとほんのり温かい気がする。一見ひどく冷たそうに見える美人に意を決して話しかけてみると、意外に朗らかでまったく気取らない人だったと、そういう感じ。
でもうちの15歳、現在高校1年生から言わせるとそれは
「7はメルセンヌ数であり、メルセンヌ素数である、綺麗かどうかはしらん」
1年生日記(6日目)
4月15日
土日を挟んでまた月曜日、日中は少し汗ばむくらいの気候になってきた4月の半ば。
朝の登校班にはちらほらと半袖の男の子に、あれはなんて言う種類の衣類なのか、肩の部分がシースルーとかむき出しになっているタイプのカットソーの女の子(予防接種の時に喜ばれるアレ)がいて、そこだけなんだか初夏の風が吹いているような。
学校がお休みだった土曜日と日曜日、わたしは入学前に想像していた『病弱児・虚弱
1年生日記(5日目)
4月12日
5日間、1年生の教室に張り付いた、自分の子どものためだ。
医療的ケア児で、24時間の在宅酸素療法が必要なのだけれど、知的、情緒的、運動機能的な側面はぜんぶ普通の子のキワのキワにぶら下がっているウッチャンに『丁度いい学校』というものはいま現在地域に存在しない。
いや、もしかしたら、どこにもないのかもしれない。
少女漫画の古典にして金字塔、大島弓子先生の短編『毎日が夏休み』に、御近
1年生日記(4日目)
4月11日
Amazonのサイトに
『価格も品質も申し分ないのですが、いかんせん組み立てに力がいります。キャンプに持っていった際、高校生の娘の力では組み立てられませんでした』
というレビューのキャンプ用のコットがうちにある。それは撥水加工のキャンバス地に3つに分割してある骨組みを組み立てて滑り込ませ、キャンバス地と一体化した骨組みに空いた穴にスチール製の細い足を4つはめ込むと、軽量でかつ丈夫
1年生日記(3日目)
4月10日
学校の廊下が寒い。
春、桜が咲いたらすぐに初夏がやってきてたちまち向日葵の笑う真夏になるというのが、ここ数年定着した春から夏への季節の移ろいだったので、今年も桜が咲いてしまえばすぐ上着要らずの温かな季節が来るだろうと思っていたら、ここ数日は思いがけず冷たい春で、わたしは今日も一人、換気のため窓を開け放った廊下で凍えながらじっと教室の張り込みを続けていた。
去年の冬「軽いし温かいし
1年生日記(2日目)
桜散らす大雨の朝。
雨が降って初めて気がついた、わたしときたら雨の日の車椅子移動の際の雨具というか、装備は一体なにが最適解なのか、ぜんぜん考えていなかった。
そもそも車椅子という乗り物は悪路や悪天候で使用されることを想定していない(ですよね?)。ウッチャンの電動車椅子はバッテリーとフレームがYAMAHAで、座面は別会社のセミオーダー品。長時間座っていても疲れないように、そして夏場に蒸れないよう
1年生日記(1日目)
4月8日
朝、電動車椅子に乗ったウッチャンと、集団登校の集合場所に行き、その日初めてお顔を合わせた登校班の班長さんとご挨拶。利発そうな眼鏡の彼女は、ぺこんと頭を下げたわたしとウッチャンの姿を見て
「えっ?」
という顔をしたものの、わたしが「こういう事情のある子なので朝は親が付き添うし、電動車椅子はそれほどスピードが出る設定にしていなくて段差を迂回することも必要で、隊列には遅れがちなのでどうぞ
1年生に、なれるかな(9)
3月を舐めていた。
今年の3月という季節が巡って来るまでわたしは
「世界で一番なことは子の手術入院」
と思っていたし、実際にあの長い病棟での攻防は、手術を受ける本人も、それに付き添う親も、家でただ待つことになるきょうだいも、そしてその子達のために実家から呼び出される老親も、皆不便があり苦労があり、あれこそが精神的にも体力的にも金銭的にも、とにかく全方向すべてを削り取られる人生で一番辛い行事で
短編小説:たぬきの恩返し
リョーコちゃんが俺に持たせた荷物の中に古い3合炊きの電気炊飯器がある。それはまるでサザエさんに出てきそうな昭和風フォルムの白い電気炊飯器で、俺は最初それを「いらへんて」と言った。
「リョーコちゃん俺、飯とかあんま炊かんて、むこうではサトウのごはん食うて生きていくつもりやし」
「アカン、ちゃんとご飯を炊かへんと食費が高うつくやんか、絶対に荷物の中に入れとき」
正月の鏡餅のように白くぽってりとした
短編小説:こんにちは、赤ちゃん
「わたし、もうここには来ないと思います」
昼の面会の終りに担当看護師にそう伝えて、大学病院から半年前に購入した白いマンションに帰って来たわたしは、その次の日、本当に保冷バッグに冷凍した母乳を詰め込んで病院に行くということをやめた。
(もうあそこには行かないんだから、搾乳なんかやめよう)
そう思ったのに、わたしの気持ちを全く理解しないわたしの乳房は3時間毎に律儀に母乳を生成し、乳房の持ち主であ