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ビンビンビビビン

大学時代に成り行きで入ってしまった民族音楽サークルの思い出をいくつかこれまで書いてきた。

今日も民族音楽サークルのことを書いていきたい。
今回は民族音楽サークルとお酒にまつわる話をしたい。
私は今、禁酒をしている。飲みたい気持ちはなくはないがなんとかぎりぎり頑張っている。
そこで民族音楽サークルでのお酒に関する愚行を思い返して、二度と飲まないという気持ちを強くしたいと思ったのだ。

私はこれまで民族音楽サークルの話を書く時に、お酒のことについてあえてあまり触れてこなかった。

それはなぜかというと、民族音楽サークルはお酒の飲み方が激しくて、そのことを書くと、読む人が引いてしまうのではないかと考えていたからだ。

20年くらい前ということもあり、まだまだ世の中の人の、お酒の飲み方についての意識が低かった。
お酒の場のやりとりに関して不快に思う人は今すぐにこの記事を閉じていただけるとありがたい。

昔の学生の飲み方のノリを許容していただける人にこの先を読んで欲しいなと思っているので、どうかよろしくお願いします。

民族音楽サークルとは、民族音楽をかき鳴らすサークルであり、大学内ではマイナーな存在であった。東急東横線で例えるなら、テニスサークルが自由が丘なら、民族音楽サークルは東白楽である。

しかし、そんなマイナーな民族音楽サークルは都内の各大学にも存在したのである。かなり年上のOBから聞いた話だが、戦後まもなく民族音楽が流行った時期があり、その時に多くの大学で民族音楽サークルができたらしい。

私の大学は「東京民族音楽サークル連合会」という組織に入っていた。そこには、誰もが知っている都内の有名大学が多数加盟していた。

大学の民族音楽サークルの団体は他にも「東京民族音楽連盟」という組織もあり、その昔、組織のあり方で揉めて「東京民族音楽サークル連合会」から脱退したいくつかの大学が所属していた。

またどちらにも加盟せず一本独鈷で大学内のみで活動している民族音楽サークルも存在するようであった。

このように人知れずいろいろな大学で、民族音楽サークルが作られて、それぞれが細々と民族音楽を奏でている伝統が続いていた。

とにかく私の大学は、大学民族音楽サークルの最大組織である「東京民族音楽サークル連合会」に所属して、他校と交流しつつ奇妙な民族音楽を奏でることに、部員たちは青春を浪費していた。

そんな中で一年に一度、「東京民族音楽サークル連合会」のビックイベントがある。
それは「東京民族音楽サークル連合会合同演奏会」略して「東連会」である。ちなみにどうでもいいが、「東連会」の「東」は「とう」ではなく「とん」と読む。「とんれんかい」である。

話の本筋とは関係ないが、なぜここを取り上げたかというと、「東」を「とう」ではなく「とん」と読むところが大学生らしくて、何やら青臭く気恥ずかしい気持ちがするからである。

仲間内だけにしか通じないようなやり方をあえて作り、自分たちには独自性や特別感があるように振る舞う、自意識過剰な感じが痛々しくも懐かしく、大学生らしくってなんだか恥ずかしい感じがいいのだ。

この痛々し恥ずかしさ、まさに童貞である。
身内ノリのさむい童貞だ。
安心できる小さな世界でぬくぬくと暮らす童貞。

騙し騙され、魑魅魍魎が跋扈する現実世界に出ていくことを拒否した童貞が集いし場所。
ここは善良な童貞だけが立ち入りを許されている。

「はぁ…はぁ…すっかり道に迷ってしまった…あっ!こんなところに人里が!助けを求めてみよう。もし、そこのお方、私は都を目指して旅をしていたのですが、どうやら道を外れてしまったようです。日も落ちてきたので、今晩だけどこか空き家の軒下でもかしてはもらえませんか」
「くんくん、くんくん、お主は非童貞の臭いがプンプンする。ここはお主のようなものが来るところではない!即刻立ち去れい」
「そ、そんな…せっかく人がいるところまでたどり着いたのに…せめてお水の一杯でも飲ませてはもらえませんでしょうか」
「だめじゃだめじゃ。非童貞に分けてやるものは、粟やヒエの一粒たりとも持ち合わせてはおらんわ。村の若い衆に見つかる前に立ち去るのがお主のだめじゃ。はよう出ていけ。非童貞退散、非童貞退散、キェー!」

そうここはハッピー童貞村なのだ。
みんなニコニコ清らか朗らか童貞村。
非童貞が万が一立ち入ると、その非童貞は爆発することになっている。


「オラたちはどうていじゃあ」
「このむらではオラたちどうていがなかよく、くらしておるのじゃあ」
「このむらにはわりいことするやつなんておらんもんで、みんなまいにちハッピーじゃあ」
「オラたちはしぬまでこのむらにいるのじゃあ」
「このむらには非どうていなんていうおそろしげなものはおらん。みんなどうていじゃから、くらしあんしんクラシアンじゃあ」

まずい。大いに話は脱線してしまった。

そんな童貞村の音楽会ではなく、東京民族音楽サークル連合会の合同演奏会の話をしていたのだった。
合同演奏会は代々木オリンピックセンターの体育館のような場所を借りて行う。都内の15大学くらいの民族音楽サークルから人が集まる。各大学のOBOGも来るので300人くらいいたように思う。

各大学がこの日のために練習してきた曲を順番に奏でる。
そして演奏会の最後には、民族音楽の世界ではメジャーな曲、民族音楽業界にいるならば誰しもが演奏できる曲を何曲か参加者全員で奏でて、演奏会はお開きとなる。

問題となるのは、この後の飲み会である。演奏会に参加した人が全員飲み会に来るわけではない(未成年者は来ない)が、150人規模の人が集う。
毎年、新宿の靖国通り沿いの大きな宴会場がある居酒屋で飲み会が催された。

民族音楽サークルでは瓶ビール以外は飲んではいけないという不文律があるので、とにかく瓶ビールが驚くくらい用意されている。

そして各大学ごとに座っているテーブルに何本も置かれる。
乾杯をしたら現役生はゆっくり自分の大学の席に座っていることはまず許されない。

他大学のテーブルに座っているOBのところに挨拶に行かなければいけないのだ。

他大学のテーブルに行き、お決まりの挨拶を済ませると、とりあえずビールコップに一杯注がれるので一気に飲む。
ただコップで飲んでそれで終わりならまだいい。

OBによっては「へぇー◯◯大学はコップで飲むんだねぇ。面白いねぇ」などとぬかすバカ者がいるのだ。
すなわちこれはビール瓶で一気をしてみたらどうかというフリなのである。

そして大学によって微妙に違いがあるが、ビール瓶一気をしてみるのもいいんじゃないという、決して強制ではない提案に基づくコールがかかる「ビンビンビビビン◯◯大の◯◯(名字)のあそこはビンビン、ビンビンビビビン◯◯大の◯◯のちんこがビンビン」などというおおよそ上品とは言い難い掛け声とともに、現役生は瓶ビールを一気で飲み干す。

だから私たち現役生は、他大学のテーブルについた瞬間に机の上に置いてある瓶ビールを観察する。

何本もあるテーブルの上の瓶ビールからどれを選び取り、一気をするか前もって考えておくためである。ビンコールがかかったら、瞬時にテーブルの上から瓶ビールを手に取らなければいけない。その時に取る瓶ビールの残量が大事なのだ。

ビールが全部入っている瓶を一気に飲むのは辛すぎる。かと言って残り量が少ない瓶を手に取れば、OBから少な過ぎると難癖をつけられること必至である。

だからテーブルについたら適度にビールが減っている瓶を見つけておき、自分に対してビンコールがかかったらそれをすぐさま選びとるというイメージトレーニングをしておくのだ。

私より前に他の現役生にビンコールがかかり、狙っていた瓶が取られると「あーもう!」という気持ちになったものだ。

ただ同じ大学の仲の良い現役生と一緒に他大学に挨拶に行く時は、テーブルについた瞬間に目配せで「俺はあの瓶を飲むからお前はあっちの瓶いけよ」などと無言の合図をして、仲間との連携プレーをすることもあった。

こんな経験が強過ぎて、私は今でも半分くらいビールが減った瓶を見ると、思わず「これはちょうどいい!」と思ってしまう。
半分くらい減っているビール瓶を見るとテンションが上がるという謎の体質になってしまっている。

ビンコールも大学によって違うと書いたが、まわりくどいビンコールをしている大学もあった。
その大学のテーブルに挨拶に行き、しばらく雑談してると、OBから突然脇腹を突かれる。
私は「ヒェッ」というような声をあげる。そうするとそのOBは「敏感だね、敏感だね。ビンカンのビンは瓶ビール、ビンカンのカンは缶ビール。◯◯大の◯◯は当然絶対瓶ビール。それビンビンビンビン…」とコールを始める。

別にそんな無理矢理な理屈がなくてもどうせ瓶ビールを一気するので脇腹の突かれ損である。

とにかく私たちにとって瓶ビールを一気するということは、わりと普通の行為として受け止められていた。

しかしOBによってはそれですまない人もいる。
民族音楽サークルではOBの性格によって「エンジェル」「ヒューマン」「デビル」と区分されていた。エンジェルはあまり飲ませてこないOB、ヒューマンは常識的な範囲で飲ませてくるOB、デビルは度を越えた飲み方を提案して下さるOBである。

××大学の××さんは「デビル」だから気をつけた方がいいなどというふうに私たちは飲み会の前にささやきあっていた。

とある大学のデビルであるOBに飲ませていただいたことのことはよく覚えている。
そのOBは飲み会のためにわざわざプラスチック製の風呂桶を買って、持って来て下さったのだ。

そして私たちが挨拶に行くと、その風呂桶にビールを注ぎ入れて「瓶で飲むのそろそろ飽きたでしょ」と風呂桶から飲むことをおすすめして下さった。確かに私たちは瓶でビールを飲むことにはうんざりしている。

ただOBには申し訳ない思いでいっぱいなのだが、風呂桶でビールを飲むことの方が控えめに言ってだいぶきつい。

まず風呂桶はふちが厚い。ふちが厚いと飲む時にこぼれやすいのである。口を開き過ぎても閉じ過ぎてもうまくビールが入ってこない。
コップってふちが適度に薄くて、液体を飲むことに適した物なんだなと気がついた瞬間である。コップのありがたみをこんなところで実感するとは思わなかった。

そしてプラスチック製の風呂桶にビールを入れると、ビールの香りとプラスチックの臭いが混ざり合ってどう表現したらいいか分からないような、風味になる。とても飲めた物ではない。
さすがデビルと呼ばれるOBだなと私たちは感心したものである。


当然こんな辛くも楽しい童貞村での飲み会をしていたら脱童貞できようはずもない。

私は童貞村の風習に染まり、やがて非童貞を恐れる立派な童貞村の村人になったのである。

「どうていむらはさいこうのばしょじゃあ」


そう思っていた私にも童貞卒業のチャンスが突如訪れる。

次回に続くっ…

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